第90話 夜の森は、まるでお化けの出る墓場?

 周囲の山々の頂が、私の目線とほぼ同じ高さにある。

 眼下の谷底には、静まり返った森。

 こんな場所で、滑落事故など起こしてしまったら、命の保証もない……。

「ここは神経を集中させて、山側に体重をかけて行かなければいけないわよ」

 トーニャは強ばらせた顔でそう言うと、自分の橇へと戻って行って、犬たちに出発の合図を出した。

 彼女の「ハイク!」の声は、いきなりスピードが出ないようにと、小さく柔らかい声で発せられた。

 トーニャの橇が、谷側に傾きながら、ゆっくりと斜面を横切って行った。

 私も同じように犬たちを走らせて、トーニャたちについて行く。

 言われたとおりに山側に体重をかけて、もしものときのためにブレーキに軽く足を乗せておいた。

 ときどき谷を吹き抜ける風が、橇の横腹に体当たりしてきて、不安定に揺らされながらも、犬たちが慎重に走ってくれたお陰で、ツンドラの斜面を無事に横断することができた。

 標高が低い針葉樹林まで下りてくると、木々が吹きつける風をブロックしているので、あまり寒さを感じなくなり、少しほっとした。

 しばらく行くと、薄暗くなってきて辺りが見えづらくなってきた。

 ふと見上げると、空が群青色に変わっていた。

 この色は、暗闇がすぐにもやってくる色だ。