第1回 人類史上最高のエネルギー状態を作りだす研究所へ

 そういう目であらためて、マグネットやその周囲のものを見ていると、様々な国の研究所のロゴやマークのシールが貼ってあるのが目に入った。本当にたくさんの国、たくさんのメーカーがかかわり、それぞれ担当して作ったパーツがあって、それらが27キロにもわたり繋がった上で、精密機械として機能するのだからすごい。

 いや、かかわってきたのは、国や研究所だけではない。個人もなのである。あちこちにある油性ペンの落書きが物語っている。

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「ここで作業した人が残して行ったんでしょうね」と説明を受けた。

 比較的最近、2013年9月の日付が記されたものは、パキスタンと国籍まで書きこまれていた。

「今回のアップグレードの作業には、パキスタンからも技術者が派遣されていました。ほかに多かった国は、ロシア、ギリシャですね」

 また、ぼくたちがトンネルに入った時点で作業をしていたのは、アメリカから来た技術者だった。実に多くの国や人々が、機器の開発だけでなく、様々な形で貢献し、成り立っているのが巨大な加速器実験の現場なのだ。

 地下のワンダーランド(驚異の世界)をのぞき見て興奮はつきなかったけれど、ほどなくまた地上に戻る時間となった。来た道を戻る途中、非常に名残惜しく感じつつも、浮世離れした地下回廊のリングが、実在のものとしてしっかりと「納得のいく」存在となっていた。

国、研究所、そして個人のさまざまな思いが詰まっている。(写真クリックで拡大)

『神の素粒子 宇宙創成の謎に迫る究極の加速器』
ポール・ハルパーン著
武田正紀訳、小林富雄日本語監修

「神の素粒子」ことヒッグス粒子の発見を目指すCERNと、そこに至るまでの素粒子物理学の道のりをドラマチックに描いたサイエンス・ルポルタージュ。CERN、素粒子物理学、加速器実験などについてもっと知りたい人はこちらもどうぞ。
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つづく

川端裕人(かわばた ひろと)

1964年、兵庫県明石市生まれ。千葉県千葉市育ち。文筆家。小説作品に、少年たちの川をめぐる物語『川の名前』(ハヤカワ文庫JA)、感染症制圧の10日間を描いた小説『エピデミック』(角川文庫)、数学史上最大の難問に挑む少年少女を描いたファンタジー『算数宇宙の冒険・アリスメトリック!』(実業之日本社文庫)など。ノンフィクションに、自身の体験を元にした『PTA再活用論 ──悩ましき現実を超えて』(中公新書クラレ)、アメリカの動物園をめぐる『動物園にできること』(文春文庫)などがある。サッカー小説『銀河のワールドカップ』『風のダンデライオン 銀河のワールドカップ ガールズ』(ともに集英社文庫)はNHKでアニメ化され、「銀河へキックオフ」として放送された。近著は、天気を「よむ」不思議な能力をもつ一族をめぐる、壮大な“気象科学エンタメ”小説『雲の王』(集英社)(『雲の王』特設サイトはこちら)、中学生になったリョウが世界を飛び回りつつ成長する姿を描いた切なくもきらめく青春物語『リョウ&ナオ』(光村図書出版)、本連載の「睡眠学」の回に書き下ろしと修正を加えてまとめたノンフィクション『8時間睡眠のウソ。 ――日本人の眠り、8つの新常識』(日経BP)など。
ブログ「リヴァイアさん、日々のわざ」。ツイッターアカウント@Rsider