第2回 宇宙にシワがあるのはなぜなのか

「量子力学を適用すると話がかわってくるんです。素粒子など非常に小さなスケールの量子レベルでは、いわゆる『量子ゆらぎ』といわれるものが生まれています。インフレーション中の急激な宇宙膨張によってゆらぎが引き延ばされても、ごく小さな量子レベルでは時空のゆらぎが作り続けられています。つまり、ゆらぎは小さなスケールで作られ続け、インフレーションがそれを引き延ばし続けるわけです。このゆらぎの痕跡が宇宙背景放射のシワとして保存されて、今、温度ゆらぎとして観察できるわけです。のっぺりした成分の上に乗った10万分の1のさざ波ですね。それが宇宙のシワの正体です。これが、銀河や銀河団といった、宇宙の大規模構造の種であって、我々がここに存在できるそもそもの起源でもあるんです」

 量子ゆらぎというとても小さなスケールの現象が、インフレーションによって宇宙に刻印されることであの模様になったというのである。そして、それが、我々の起源でもある!

 ずいぶん話が大きくなった。

 やはりSF的だ。と思ったものの、もしも、理論の後ろ盾がないところで、いきなりSF作家が「宇宙がインフレーションした」と言っても、あまり説得力のある物語にはならないだろう。それほど途方もないアイデアだ。

「本当に信じがたい話ですよね」と小松さんは言い、ぼくはその言葉にややほっとした。宇宙論の専門家にとっても、これはやはり「信じがたい話」なのだ、と。

「だって、宇宙の大きさが、瞬時にして、何10桁も広がるとかって、普通はやっぱり信じちゃいけないですよ。だから、しっかり確かめようとするわけです。COBE衛星が宇宙背景放射のゆらぎを発見して、その後、僕がかかわったWMAP衛星が確証を高めて、今、観測を続けているプランク衛星もインフレーション理論に有利なデータを出して、どんどん宇宙論関係者は、インフレーションは実際にあったのだろうって、傾いているところなんですが」

 小松さんは、前述の通りCOBE衛星の成果が出た1992年にはまだ高校生だった。その後、WMAP衛星が運用された2001年から2010年にかけては、観測とデータ解析のメンバーとして活躍した。さらに2009年から2013年まで欧州宇宙機関が運用したプランク衛星の研究チームがリリースしたデータを用いて、現在も研究を進めている。その流れの中で、宇宙背景放射についてより詳細なことが分かり、新たな様々な疑問がもたらされることになったのである。

宇宙背景放射のLAMBDA Microwave Data Archiveのデータはグーグルアース(グーグルスカイ)でも見ることができる。(出典:NASA / WMAP Science Team)(画像クリックで拡大)

つづく

小松英一郎(こまつ えいいちろう)

1974年、兵庫県生まれ。マックス・プランク宇宙物理研究所所長。カブリ数物連携宇宙研究機構上級科学研究員。2001年、東北大学大学院理学研究科天文学専攻博士課程修了。プリンストン大学、テキサス大学を経て、2012年8月より現職。宇宙マイクロ波背景放射観測衛星WMAPのプロジェクトに主要メンバーとして関わり、宇宙の組成や年齢などの重要項目を次々と解明。筆頭著者を務めた論文は2009年、2011年度の最多引用論文に選ばれた(トムソン・ロイター調べ)。『ワインバーグの宇宙論(上): ビッグバン宇宙の進化』『ワインバーグの宇宙論(下): ゆらぎの形成と進化』の訳書がある。

川端裕人(かわばた ひろと)

1964年、兵庫県明石市生まれ。千葉県千葉市育ち。文筆家。小説作品に、少年たちの川をめぐる物語『川の名前』(ハヤカワ文庫JA)、感染症制圧の10日間を描いた小説『エピデミック』(角川文庫)、数学史上最大の難問に挑む少年少女を描いたファンタジー『算数宇宙の冒険・アリスメトリック!』(実業之日本社文庫)など。ノンフィクションに、自身の体験を元にした『PTA再活用論 ──悩ましき現実を超えて』(中公新書クラレ)、アメリカの動物園をめぐる『動物園にできること』(文春文庫)などがある。サッカー小説『銀河のワールドカップ』『風のダンデライオン 銀河のワールドカップ ガールズ』(ともに集英社文庫)はNHKでアニメ化され、「銀河へキックオフ」として放送された。近著は、天気を「よむ」不思議な能力をもつ一族をめぐる、壮大な“気象科学エンタメ”小説『雲の王』(集英社)(『雲の王』特設サイトはこちら)、中学生になったリョウが世界を飛び回りつつ成長する姿を描いた切なくもきらめく青春物語『リョウ&ナオ』(光村図書出版)、本連載の「睡眠学」の回に書き下ろしと修正を加えてまとめたノンフィクション『8時間睡眠のウソ。 ――日本人の眠り、8つの新常識』(日経BP)など。
ブログ「リヴァイアさん、日々のわざ」。ツイッターアカウント@Rsider