「宇宙誕生の重力波」はまだ証明されていなかった――小松英一郎氏緊急寄稿

大々的なプレスリリースはギャンブル。決着は遅くとも2年以内に

 しかし、彼らの論文を読むと、BICEP2チームが確かに成し遂げたのは、「未知の起源による宇宙マイクロ波背景放射の偏光の発見」である。ここから「インフレーション起源の重力波を発見」したと結論するには、クリアすべき2つの課題がある。

 まず1つは、測定された偏光の空間分布がインフレーション宇宙論から予測される通りである事。もう1つは、測定された偏光の強度と波長の関係が2.7ケルビンの黒体放射の曲線と一致する事である。

 BICEP2チームは、測定された偏光の空間分布が予測通りである事を示した。これは驚くべき結果であり、この結果を見た時のあまりの衝撃から私の体重は減り始め、体温は上がり始め、ついには体調を崩すに至った。

 BICEP2が測定した光の波長は2ミリである。波長2ミリのデータ点しかない以上、測定された偏光の強度と波長の関係が黒体放射と一致する事を示すのは不可能である。彼らの論文では、その前に行ったBICEP1実験から得られた波長3ミリのデータを使って黒体放射と一致すると主張してはいるものの、BICEP1実験は装置の雑音が大きすぎて意味のある結論を出せていない。より詳しく言えば、何かを「発見」したと言うには、統計的有意性で「5シグマ」と呼ばれる指標(あるいはそれ以上)が必要なのであるが、「黒体放射と一致する」と主張できるのはたかだか2シグマ程度であり、これはとても発見とは言えないレベルである。

BICEP実験が測定した偏光の空間分布。縦軸は偏光の強度を示し、横軸は右へ行くほど小さな見込み角度を、左へ行くほど大きな見込み角度を示す。この図の偏光の強度は、黒体放射であれば波長に依らず同じ値を持つように定義される。黒丸が波長2ミリのBICEP2のデータで、インフレーション起源の重力波から予測される空間分布(破線)と良く一致している(実線は重力レンズ効果から予測される空間分布)。星印は波長2ミリのBICEP1のデータを用いた測定で、誤差は大きいものの、黒丸と良く一致している。バツ印は波長3ミリのBICEP1のデータを用いた測定であるが、誤差が大きすぎて、波長2ミリと3ミリのデータが黒体放射と一致するか結論できない。(画像クリックで拡大)(出典:BICEP2)

 従って、BICEP2チームは、クリアすべき2つの課題のうち、1つを文句なしにクリアし、もう1つを2シグマ程度でクリアした時点で、「インフレーション起源の重力波を発見した」と報告するに至ったのである。勇気ある決断と言えよう。これが正しいかそうでないか、現時点では科学的に判断できないので、彼らが行った大々的なプレスリリースはギャンブルである。正しいか、そうでないのか。これから行われる異なる波長での測定が全てを決定する事になる。早くて1年以内、遅くとも2年以内には決着が着くものと考えている。

 まとめると、BICEP2の結果を「インフレーション起源の重力波を発見したのではない」とする強い証拠はない。しかし、「インフレーション起源の重力波を発見した」とする強い証拠がないのも事実である。発見が本当になされたのであれば、宇宙創成と万物の起源を解明する、宇宙論今世紀最大の発見である事は間違いない。ノーベル賞がどうこうなどという些細な事はどうでも良い。宇宙の成り立ちと我々の起源が科学の力で解明できるようになった事に、思いを馳せてみて欲しい。

 宇宙とは、なんと壮大なのであろうか。科学とは、なんと可能性に満ちているのであろうか。今のこの時を、宇宙論研究者として過ごせる幸せを感じずにはいられない。もしBICEP2の結果が本当だったらと考えると夜も眠れず、上昇する体温を抑えるために今日も冷えピタを貼るのである。

(文・小松英一郎)

小松英一郎(こまつ えいいちろう)
1974年、兵庫県生まれ。マックス・プランク宇宙物理研究所所長、カブリ数物連携宇宙研究機構上級科学研究員。宇宙マイクロ波背景放射観測衛星WMAPのプロジェクトに主要メンバーとして関わり、宇宙の組成や年齢などの重要項目を次々と解明。筆頭著者を務めた論文は2009年、2011年度の最多引用論文に選ばれた(トムソン・ロイター調べ)。『ワインバーグの宇宙論(上): ビッグバン宇宙の進化』『ワインバーグの宇宙論(下): ゆらぎの形成と進化』の訳書がある。Webナショジオの「研究室に行ってみた。」の小松英一郎氏が登場する回はこちら