第6回 10歳で誘拐され、地下室に8年間監禁されたウィーンの少女

 その後の6カ月間、この小さな部屋が彼女にとっての全世界となる。のちに、プリクロピルは彼女が一時的に上の階で過ごすことを許したが、眠るときと、自分が仕事に出かけるときは、必ず地下室に戻した。加えて、家のドアと窓には強力な爆薬が仕掛けてある、逃げようとしたら持っている銃で撃ち殺す、と脅していた。

 ナターシャは誘拐犯に絶対服従の生活を強いられた。家の中では、プリクロピルのきっちり1メートル後ろを歩くよう強制された。たびたび殴られ、歩けなくなることもあった。眠っているときは手錠をかけられた。髪を剃られ、奴隷として家事をさせられた。

 プリクロピルは少女の望みをすべて打ち砕こうとして、お前の家族は身代金の支払いを拒否しており、お前を「厄介払いできて喜んでいる」と告げた。ナターシャは16歳になっても、体重は38キロ足らずだった。プリクロピルはナターシャをいつも空腹の状態にしておき、衰弱させて逃げられないようにしていた。

 肉体的、精神的に虐待されていただけでなく、ナターシャは孤独にも苦しめられていた。深い孤独のあまり、誘拐犯と少しでも長く、一緒にいようとさえした。

「誘拐犯が帰ってくると、自分をちゃんとベッドに連れて行って、お休み前のお話をしてくれるように頼みました。お休みのキスまでねだりました。どうにかして自分は普通の生活をしているんだと思い込もうとしたのです」

サバイバル・スピリット

 まだ幼く無力だったにもかかわらず、ナターシャの中には、屈することを拒む何かがあった。監禁生活の最初の数年間、塀に水のボトルを投げつけて、通行人の注意を引こうとした。脱出が不可能だとわかると、状況を改善するため独学で勉強した。プリクロピルが持ってくる2、3冊の本や新聞をむさぼり読み、ラジオはいつも教育番組やクラシック音楽番組を聴いていた。

「独学で勉強し、技術を身につけようとしました。編み物も自分で覚えたんです」