逆に言えば、赤く表現された熱そうな部分(実際にほかの部分よりは熱い)以外は、宇宙最古138億年前の光を表現したものだ。なんといえばよいのか、複雑で、抽象画のようで、なぜこんな「模様」なのだろう、と素朴な疑問が頭をもたげる。

「実は、宇宙の背景放射のこういうゆらぎって、1ケルビンの10万分の1程度のものです。ですから、大きくみるとのっぺりと均質なんです。2.7ケルビンくらい。宇宙のあらゆる方向から、同じ光が降り注いでいます。今この部屋の中のどこでもいいから1立方センチメートルの空間を見てやれば、そこには410個、宇宙のはじまりからの光子が飛んでいます。これは理論値というより、観測事実ですから」

 ひとつ注釈。ケルビンは温度の単位で、光子は光の粒子だ。2.7ケルビンに対応するのが、1立方センチメートルあたり410個の光子、というのに違和感があるかもしれない。これは温度と光(電磁波)には、密接な関係があることで説明できる。前回の「アルマ望遠鏡」の記事でも述べた通り、熱的に平衡状態にある物体からはある特定の波長(周波数)にピークを持つ光が放射される(黒体放射)。宇宙背景放射は、まさに黒体放射で、「絶対温度2.7ケルビンに相当する光」が、我々の元にたえず届いているわけだ。

 小松さんは、「410個」と述べつつ、まるでそこに光子があるとでもいうように、近づけた指の間をみた。いや、実際にそこには「ある」のだ。これまで繰り返し観測されてきたまさに「観測事実」として。

 本当にこの話題、この時点ですでに奥が深い。

 ここはまさに「背景」からじっくりと伺った方が良さそうだ。

観測衛星WMAP。(出典:NASA / WMAP Science Team)(画像クリックで拡大)

つづく

小松英一郎(こまつ えいいちろう)

1974年、兵庫県生まれ。マックス・プランク宇宙物理研究所所長。カブリ数物連携宇宙研究機構上級科学研究員。2001年、東北大学大学院理学研究科天文学専攻博士課程修了。プリンストン大学、テキサス大学を経て、2012年8月より現職。宇宙マイクロ波背景放射観測衛星WMAPのプロジェクトに主要メンバーとして関わり、宇宙の組成や年齢などの重要項目を次々と解明。筆頭著者を務めた論文は2009年、2011年度の最多引用論文に選ばれた(トムソン・ロイター調べ)。『ワインバーグの宇宙論(上): ビッグバン宇宙の進化』『ワインバーグの宇宙論(下): ゆらぎの形成と進化』の訳書がある。

川端裕人(かわばた ひろと)

1964年、兵庫県明石市生まれ。千葉県千葉市育ち。文筆家。小説作品に、少年たちの川をめぐる物語『川の名前』(ハヤカワ文庫JA)、感染症制圧の10日間を描いた小説『エピデミック』(角川文庫)、数学史上最大の難問に挑む少年少女を描いたファンタジー『算数宇宙の冒険・アリスメトリック!』(実業之日本社文庫)など。ノンフィクションに、自身の体験を元にした『PTA再活用論 ──悩ましき現実を超えて』(中公新書クラレ)、アメリカの動物園をめぐる『動物園にできること』(文春文庫)などがある。サッカー小説『銀河のワールドカップ』『風のダンデライオン 銀河のワールドカップ ガールズ』(ともに集英社文庫)はNHKでアニメ化され、「銀河へキックオフ」として放送された。近著は、天気を「よむ」不思議な能力をもつ一族をめぐる、壮大な“気象科学エンタメ”小説『雲の王』(集英社)(『雲の王』特設サイトはこちら)、中学生になったリョウが世界を飛び回りつつ成長する姿を描いた切なくもきらめく青春物語『リョウ&ナオ』(光村図書出版)、本連載の「睡眠学」の回に書き下ろしと修正を加えてまとめたノンフィクション『8時間睡眠のウソ。 ――日本人の眠り、8つの新常識』(日経BP)など。
ブログ「リヴァイアさん、日々のわざ」。ツイッターアカウント@Rsider

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