収容所からは何千キロも離れたが、まだスターリン支配下のソ連国内であり、ドイツ人のスパイとして逮捕されたら、収容所に逆戻りである。道連れの他の逃亡者たちから、イラン国境の表示がある凍った川を越えたと言われても、ロストはまだ、自分はきっと捕まると考えていた。

 だが信じられない話が現実のものとなった。彼はついにソ連を脱出したのだ。

サイコロの最後のひと振り

 3日後、ロストは国境に近いイランの町タブリーズにいた。彼は警察署に行って事情を説明したが、イランの警察は彼をソ連のスパイと考え、逮捕してしまった。

 ロストは首都テヘランに連行され、何週間にもわたり、毎日尋問を受けた。トルコに移住している叔父を呼んで自分の身元を確認してくれ、とロストは訴えた。イラン側は同意し、1週間後、ロストの叔父が彼の独房に足を踏み入れた。

 長い逃亡生活で痩せ衰えていたため、叔父はロストを見ても甥だとはわからなかった。だが叔父はロストの母のアルバムを持ってきていた。ロストは叔父に、母が写った1枚の写真を見てくれと言った。昔、ロストがその写真の裏に日付を書き込んだ――母の誕生日にプレゼントとして、母にその写真を渡した日だ。警官が写真を引っ張り出して裏返した。裏には「1939年10月18日」とあった。

 ロストは釈放され、叔父とともに空路アンカラに飛び、その後、アテネ、ローマを経て、ミュンヘンに到着した。
 1952年12月22日、ついに故郷の地を踏んだ。旅の始まりから3年近くが過ぎていた。距離にして1万3000キロの旅であった。


 このエピソードは、書籍『本当にあった 奇跡のサバイバル60』に掲載された実話から抜粋したものです。このエピソードの全文とほかの59本の驚愕の実話はこちらでご覧ください。

本当にあった 奇跡のサバイバル60

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