第20回 カラフルすぎるリトアニアのお味噌汁

 「シャルティ・バルシチェイは祖母を思い出す料理です。小さい頃、つくってくれるのをいつも楽しみにしていました。家庭料理なので、材料はどこもだいたい同じですが味付けは家ごとに少し異なります。その味は母親から子へと受け継がれていく。私の一番上の孫娘は13歳になりますが、祖母から母、妻、娘、孫と受け継いだシャルティ・バルシチェイをときどきつくってくれるんですよ」

 大臣は気さくに語ってくれた。ガリナさんも、「うちは若くして父が亡くなったので、母が働いて家族を支えていました。長女の私は家事担当。料理も早くから母に教わりつくっていました。いまは母として13歳の娘に料理を教えています。主人と出張から戻ると、シャルティ・バルシチェイを用意して迎えてくれるのがすごくうれしいんです」と微笑む。

 大臣は「色を見ると驚かれるけど、食べてみるとやさしい味」と食卓を思い出すかのように目を細めて、さらに話を続けた。「リトアニアは面積6.5万平方キロメートル、人口は300万人という小さな国。1000年以上の歴史がありますが、小国であるがゆえにいろいろな国の支配を受けてきました。1990年に旧ソ連から独立を果たし、いまはEUのメンバーですが、そうした経緯があるので料理にもほかの国の影響が見られます」

 リトアニアはロシアと隣接し、ロシア帝国時代とソビエト連邦時代の2度にわたってロシアの属国となっている。いっぽう、ボルシチはウクライナ発祥だが、同じようにロシア領になる中でウクライナからロシアに伝わって国を代表する料理になった。ボルシチの「シチ」は「スープ」という意味。シャルティ・バルシチェイもロシアと歴史を交錯する中で「冷たいボルシチ」と言われるようになったのかもしれない。ただ、大臣はきっぱりとこう言った。

 「シャルティ・バルシチェイはリトアニア発祥の自慢の料理です」

小野寺防衛大臣と防衛関係の意見交換のために来日したユオザス・オカレス国防大臣。敗戦から立ち直り、自分の国をつくりあげた日本がお手本になると語る