「知る」ことは「感じる」ことの半分も重要ではない。

『沈黙の春』で知られるアメリカの生物学者、レイチェル・カーソンが、最後のメッセージとして遺した著書『センス・オブ・ワンダー』(上遠恵子訳 新潮社)に出てくる言葉です。

 鳥の名前すら知らないのに、自分の子どもに自然のことを教えるなんて、どうしたらできるのでしょうと、嘆く親に対して答えたものです。

日が暮れて、夜の闇の訪れと共に、1匹のコヨーテが姿を現した。(写真クリックで拡大)

 その意図を要約するならば……たとえ知識はなくとも、子どもと一緒に自然のなかへ出かけ、共に見つめたり、耳をすませたり、匂いをかいだりして、その感動を分かち合うことはできる。

 それだけでも、親として、たくさんのことを子どもにしてやることになる……と励ましているのです。

 ぼくはこの本を、今回の旅に持ってきたわけではありません。

 が、これまでに何度もくり返し読んでいたので、そのフレーズは頭の中の引き出しの、いつも取り出しやすいところにしまってありました。

 そして、ウィル・スティーガーのホームステッド……つまりアメリカ・ミネソタ州北部の森の奥という、まったく馴染みのない、見知らぬ土地で撮影を始めた自分にとっても、大きな励ましとなりました。

 なぜなら、そのときのぼくも、ボートハウスから1歩外に出たとたん、足下に生える草の名前も、森に暮らす動物たちの生態も、何ひとつ知らなかったからです。

 それほど無知な自分に、人に何かを伝えられるような写真がとれるだろうかと、とても不安でした。

3月8日(土)に世田谷区立中央図書館で、3月19日(水)に日本橋 ギャラリーキッチンKIWIで、大竹英洋さんのトークライブが開催されます。くわしくはこちらのページをご覧ください。

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