第21回 パンタナールで480頭の牛追い旅に出た(2)

 馬に乗らない人にはなかなか分かりにくいことだろうが、馬は鞍の上に座ってたづなをあやつってどうこうできる動物ではなく、実際に全身でコントロールして初めて意のままにうごかせる動物なのである。

 よくお遊びの乗馬訓練などではただ鞍にまたがってたづなさばきと鐙の操作で馬は動く、と思ってしまうひとがいるが、そういう馬はそのように訓練されたリモートコントロールのような状態になっていて、決まった場所を動くやさしいおもちゃだ。

 馬をある程度の自分の意のままに動かせるようにするための最初のコミュニケーションは体重のかけかただ。

 馬からみるとそこに乗ってきた人がどのくらい馬に乗れる人なのか、乗られた瞬間に理解してしまう。乗馬のうまい人がどんな馬でも乗ってたちまちどこかに突っ走っていけるのは、馬からすると「わかりました。どんな走りも指令どおりやります」とたちどころに全面服従、ということになってしまうからなのである。

 1日、ある程度自由に馬を乗りこなしていた人が夕方ガニマタ化しているのは、馬の鞍から左右に垂れる鐙のつかいかたが頻繁で、かなりの率で人間は馬の胴を両足で緩急自在にはさみつけている。これが疲れるのだ。

 翌日の午後一番の難所である川が見えてきた。一番狭いところを渡るようにしているらしいがそれでも幅30メートル。しかもその川に常にビラニアが沢山いる。こういう川を渡るとき、牛たちはピラニアがいることを本能的に察知しているので、川の手前でみんな立ち止まる。すきあればその行進から逃げようとする。ピヨンたちは大地に笞をうちつけピストルを撃ち、群れを川のなかに追い込もうとする。牛は煩く吠え、混乱はあるが、やがて一番強い奴から川に突入する。あとは押すなや押すぞの繰り返しになり、やがて全体が川の中に入っていくのだ。ピラニアがやってくる。こういうときまず一番弱いやつが噛みつかれる。一度血を流すと他のピラニアが全部そこに集まってしまうから、そうなったら可哀相な犠牲になって、それが襲われているあいだに他の牛たちが渡ってしまう、という冷たい掟がある。ピラニアが多いときは一番弱っている老牛をわざと囮にして流す、ということもするそうだ。