こんな情況の中で、一番に私の頭をよぎったのは、たいしたことでもないのに携帯電話で救助を要請する登山愛好者が増えているという日本の登山ブームが抱える問題だった。

 私には確信がない。

 本当に、動くことができない骨折なのか?

 救助を要請するには、その確信が欲しかった。

 けれど、本当に骨折だったとしたら、彼の足を動かしてみるなどということは、更なる損傷を与えかねないので到底できない。

 私は赤十字社や国際機関が行っている救急法トレーニングを受けたことがあるが、実際に現場に遭遇してみると、なかなか判断もできず、応急処置の手も出せないものだと実感した。

 そうこうしているうちに、彼は「寒い……」と震え出した。

 すでに日は昇っていて暖かくなってきたところだったから、そんなに寒いはずもない。

 それなのに寒さを訴えるとは、もしかして骨折による内出血で体温が低下しているのかもしれないとも思った。

 貧血を起こしているような表情はないものの、彼の寒がりようは、尋常ではない。

 私はとりあえず、彼を寝袋で包むことにして、彼の荷物を探した。

 ところが、辺りを見渡しても、どこにも彼の荷物がないのである。

 転倒で荷物が投げ飛ばされていないかと、辺りを歩き回って探した私は彼に叫んだ。

「あなたの荷物はどこ?」

 すると彼は、寒さで硬直している顎を必死に開けるように言った。

「犬が……、持って行ってしまったんだ……」

「え?」

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