第1回 困難、問題だらけのスタート

「2012年11月に3度目の手術をしたのですが、これであまりよくならなかったんですね。ちょっと心臓の様子がおかしいということで。それで出発から逆算して最後に(心臓手術を)できるのはいつかと考えたら、1月中旬までに受けなければプロジェクトの実施自体が無理だと。出発は3月に迫っていましたが、1月の時点では『スポンサーも集めているし、もしできないということになったらどうしようか』と考えなければいけないような状況でした」

 雄一郎がそう語るように、プロジェクトは出発ギリギリまで困難の連続。登攀リーダーの倉岡裕之も後に、「この人は本当に山を登れるのだろうか」と不安を感じていたことを明かしている。

 前途多難――。こうして偉業への挑戦は、お世辞にも順調とは言えない状態でスタートを切ったのである。

プモリC1(5900m)から望むエベレストアイスフォールの全景。(写真クリックで拡大)

つづく

(この記事はファウストA.G.の配信によるものです)

三浦雄一郎(みうら ゆういちろう)

冒険家・プロスキーヤー・クラーク記念国際高等学校校長
1932年、青森県生まれ。北海道大学獣医学部卒業。ミウラ・ドルフィンズ代表取締役、全国に1万人の生徒がいるクラーク記念国際高等学校校長。国内でプロスキーヤーの草分けとして活躍したのち、1964年イタリア・キロメーターランセで時速172.084kmの世界新記録樹立(当時)。1966年富士山直滑降。1970年エベレスト・サウスコル8000m世界最高地点スキー滑降。その記録映画「THE MAN WHO SKIED DOWN EVEREST」でアカデミー賞受賞。1985年世界七大陸最高峰のスキー滑降を達成。2003年、次男・豪太とともにエベレストを登頂し、当時の世界最高齢登頂(70歳7カ月)でギネス認定。08年、75歳7カ月でエベレスト登頂。13年5月13日、80歳7カ月でエベレストに世界最高齢で登頂。2009年、ファウストA.G.アワードにてファウスト特別賞、2013年、同アワードにてファウスト・オブ・ザ・イヤーをMIURAエベレスト2013遠征隊として受賞。


三浦豪太(みうら ごうた)

プロスキーヤー、医学博士
1969年、神奈川県生まれ。三浦ファミリーとしてキリマンジャロを最年少11歳で登頂し、小学生時代にエルブルース、モンテローザなど海外遠征に同行。91年よりフリースタイルスキー、モーグル競技にて10年にわたり全日本タイトル獲得や長野オリンピック13位、ワールドカップ5位入賞など日本モーグル界を牽引。2001年、米国ユタ大学スポーツ生理学部卒業後、株式会社ミウラ・ドルフィンズにて冬季オリンピックなどの解説と企画や執筆活動、プロスキーヤーとして活躍。現在、ミウラ・ドルフィンズ低酸素・高酸素室のトレーニングシステム開発研究所長、低酸素下での遺伝子発現・抑制の研究(専攻・加齢制御学)を行う。幅広い年齢層やアスリート向けにトレーニング及びアウトドアプログラムを国内外で手がける。医学博士(順天堂大学大学院医学部・加制御講座)、同大学非常勤助教、(社)アンチエイジングリーダー養成機構・専務理事、〔財〕全日本スキー連盟指導員。

ファウストA.G.とは

株式会社サイバードが運営し、「冒険・挑戦・貢献」を活動のテーマとする、冒険メディア及びジェントルメンズ・クラブ(会員組織)が『ファウスト・アドベンチャラーズ・ギルド』。冒険メディア「ファウストA.G. WEB」(http://www.faust-ag.jp/)では、冒険やスポーツ、文化における挑戦や貢献の活動を社会に発信。会員組織では、新しい人生観に出会うような、かけがえのない体験を企画、実践する機会を創出。多くの冒険家やアスリートをスーパーバイザーや会員として迎えている。「ファウストA.G.アワード」は、2009年の創設以来、毎年12月に世界の冒険、挑戦、貢献を讃える独自の賞として開催。