第1回 困難、問題だらけのスタート

プモリC1にて。(写真クリックで拡大)

 だが、前人未到の偉業への挑戦は、その成否以前の話として、挑戦すること自体に多くの問題が待ち受けていた。雄一郎の気持ちのなかでは、75歳の時点ですでに青写真が描かれていたとはいえ、ことはそれほど順調には進まなかった。豪太が振り返って語る。

「75歳(のエベレスト登頂)が終わってすぐスタートって言うけど、その後、(スキー事故による)骨盤骨折があって、ちゃんと回復して運動できるようになるまで2年かかった。予算管理をしているうちの姉(恵美里)も、『できるかどうかも分からないものを、スポンサーさんになんて頼めない』っていう感じで。なので、低予算でできるトレーニングだけを、まずはケガの回復を優先してやっていましたね。でもやっぱり、現実的な問題として予算繰りという話が出てくる。どこかで(やるかどうかを)決めなきゃいけないというので、本当に挑戦が決まったのは1年前。79歳のときでした」

 不整脈による心臓手術があり、骨盤骨折があり、それらをどうにか乗り越えて2012年10月、「MIURAエベレスト2013」のプロジェクト発表記者会見が開かれた。

 これでようやく偉業への挑戦が正式に動き出す。そう思われた矢先だった。

「ところが、ギリギリになってまた、心臓がストライキを起こしちゃった」と豪太は苦笑いを浮かべる。年が明けて2013年1月、雄一郎はまたしても心臓手術を受けることになった。出発予定のわずか2カ月前のことである。