第3回 ピアノが高周波音を出さず、チェンバロが出すのはなぜなのか

こちらはボルネオ島。(画像提供:本田学)(写真クリックで拡大)

 部屋に入った瞬間から聞いている音は、非常に心地よいもので、熱帯雨林で朝夕のような賑やかな雰囲気だなと思っていたが、まさにその通りのものだったのである。なお、高周波音の主な源は、森に住む昆虫がそこかしこで奏でている音であろうとのこと。

「これ、音を消してみますね」と本田さんは再生装置を操作し、音を消した。

 鳴っていた環境音が急に聞こえなくなると、えも言われぬ「空っぽ」なかんじをいだくものだが、この場合、それを通り越して、本来あるべきものがなくなってしまった虚無感を抱いた。同行した編集者の言葉では「音がなくなったのに、むしろ圧迫感がある」だった。そして、本田さんがふたたび再生装置のスウィッチを入れると、元通りすっきりと居心地のよい感覚がもどってきた。

 もちろん、これだけでハイパーソニック・エフェクトを体感した! などというわけにもいかない。あくまで、ぼくと編集者の主観的な感想だ。ただ、熱帯雨林の環境音について、面白いエピソードを紹介いただいた。

「ある高校の図書館で、この熱帯雨林の環境音を流させてもらって、出口調査をしたことがあるんです。そのときは、本当にこういうふうに高周波が入ってる森の音と、高周波をカットして、CDに焼いた森の音を聴いてもらったんですが、反応にものすごい差が出るんですね。彼らはそれと知って聴き比べているわけではないのに、高周波をカットしたときには、耳についてうるさいと不評でした。『やめてくれ』とか『図書室は静かであるべきだ』みたいな感想です。でも、それが高周波が入っていると、評判がいいんですよ。これ実は2週間やりたかったのに、カットしたほうの評判があまりに悪くて、1週間で終わらないといけなくなったくらいでした」

 さらにさきほど言及した仁科エミ教授らは、実在の町の環境音に熱帯雨林で録音された高周波音を補う実装実験まで行っており、これもまた、好意的な評価を得ているという。ストレスホルモンや、NK細胞の変化についても、住民の協力を得て調べ、これまた前の論文と同様の結果を得ているというから驚かされる。

本田さんがBGMをカットすると、本来あるべきものがなくなった虚無感を抱いた。(写真クリックで拡大)

つづく

本田学(ほんだ まなぶ)

1964年、三重県生まれ。国立精神・神経医療研究センター 神経研究所 疾病研究第七部 部長。同脳病態統合イメージングセンター副センター長、早稲田大学理工学術院客員教授、東京医科歯科大学連携教授。博士(医学)。1988年、京都大学医学部卒業。95年、京都大学医学研究科博士課程修了。米国国立保健研究所訪問研究員、京都大学医学研究科附属高次脳機能総合研究センター研究員、自然科学研究機構生理学研究所助教授を経て2005年9月から現職。専門は神経科学、脳イメージング、臨床神経生理学。主な研究テーマは、ハイパーソニック・エフェクトを応用した「情報医療」の開発、身体と心の共通制御神経機構の解明、感性脳機能のイメージング、非侵襲脳刺激による機能的治療法の開発など。

川端裕人(かわばた ひろと)

1964年、兵庫県明石市生まれ。千葉県千葉市育ち。文筆家。小説作品に、少年たちの川をめぐる物語『川の名前』(ハヤカワ文庫JA)、感染症制圧の10日間を描いた小説『エピデミック』(角川文庫)、数学史上最大の難問に挑む少年少女を描いたファンタジー『算数宇宙の冒険・アリスメトリック!』(実業之日本社文庫)など。ノンフィクションに、自身の体験を元にした『PTA再活用論 ──悩ましき現実を超えて』(中公新書クラレ)、アメリカの動物園をめぐる『動物園にできること』(文春文庫)などがある。サッカー小説『銀河のワールドカップ』『風のダンデライオン 銀河のワールドカップ ガールズ』(ともに集英社文庫)はNHKでアニメ化され、「銀河へキックオフ」として放送された。近著は、天気を「よむ」不思議な能力をもつ一族をめぐる、壮大な“気象科学エンタメ”小説『雲の王』(集英社)(『雲の王』特設サイトはこちら)、中学生になったリョウが世界を飛び回りつつ成長する姿を描いた切なくもきらめく青春物語『リョウ&ナオ』(光村図書出版)、本連載の「睡眠学」の回に書き下ろしと修正を加えてまとめたノンフィクション『8時間睡眠のウソ。 ――日本人の眠り、8つの新常識』(日経BP)など。
ブログ「リヴァイアさん、日々のわざ」。ツイッターアカウント@Rsider