第1回 「聞こえないのに聞こえる」不思議な音で病をなおす

 2008年に他界した父は昭和一桁生まれで、決して暇というわけでもない仕事の傍ら、2つのアマチュア・オーケストラを別々の時期に創設し、自らタクトを振ったクラシック音楽愛好家だった。

 同時にオーディオマニアでもあった。これは、当時としてはごく自然なことで、音楽愛好家であれば、自宅のオーディオシステムを充実させたいと願っていた。ぼくは「父の世代」の知人や父が購入していたオーディオ雑誌などを見ていた経験から、そう感じている。

 その中でもややマニア度が高かったらしい父は、自宅にリスニングルームを作り、マランツの管球式アンプだとか、劇場用という触れ込みのJBLのスピーカだとか、ひょっとすると今でも欲しい人がいるかもしれない機材でシステムを組んで、アナログレコードや10号のオープンリールテープの音源を再生して聴いていた。

父の形見のターンテーブルに残っていた最後の1枚。クラシックばかり聴いていたと思いきや、ナット・キング・コールだった。(撮影:川端裕人)(写真クリックで拡大)

 父とぼくとの間でちょっとした論争があったのは80年代のこと。音楽CDが普及し始めた折、父はCDの音がおかしいと主張した。22.05キロヘルツ以上の高音をカットする規格そのものの問題かも知れないとオーディオ雑誌で論陣を張る評論家もいて、父もそれに与していた。

 一方、ぼくには違いがよく分からなかった。どのみち、20キロヘルツ以上の高音は、人間の耳では聴き取れない。父がオーディオシステムの調整用に持っていた特殊な音源でも、ぼくが聴き取れるのはせいぜい16キロヘルツくらいまでだった。高い周波数の音は年齢とともに聞こえづらくなるそうで、当時50代だった父は10キロヘルツを超えるともう無理だった。それなのにCDの規格うんぬんなどというのは笑止! とぼくは思っていたフシがある。

 ところが、実は父の方が正しかったのかもしれない、という研究に出会った。人間の「耳」では20キロヘルツ以上の高周波音は聞こえないものの、にもかかわらず実は聞こえている! というのである。それどころか、高周波音を含む音の刺戟に脳が応答し、例えば快さに直結する反応を示す、とも。

 複雑なうねりを持った高周波成分をカットしてしまうと、同じ音楽でも、情感、質感に乏しいものになってしまう。鼓膜を経由するのではなく、別ルートで作用している可能性が高いという。それが本当なら、ぼくは父に「あなたが正しかった」と謝罪しなければならないだろう。

本誌2014年2月号でも脳研究にまつわる特集「先端技術で見えた脳の秘密」を掲載しています。Webでの紹介記事はこちら。フォトギャラリーはこちらです。ぜひあわせてご覧ください。

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