街は人々の思い出でできている。見慣れた建物がなくなり、愛する人がこの世を去っても、思い出は色あせない。そんな故郷への愛を、一人の老作家が語る。

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わが街はかくも愛しき 老作家、故郷を語る

街は人々の思い出でできている。見慣れた建物がなくなり、愛する人がこの世を去っても、思い出は色あせない。そんな故郷への愛を、一人の老作家が語る。

文=ギャリソン・キーラー/写真=エリカ・ラーセン

 私の故郷は、米国ミネソタ州のミネアポリスとセントポール。ミシシッピー川をはさんで両岸に位置する二つの都市は、「ツインシティー(双子の都市)」と呼ばれ、互いに切っても切れない関係にある。

 私を乗せた飛行機は、ミネアポリス・セントポール国際空港へと東から近づいていく。徐々に高度を下げながらミネソタ州に入り、デンマーク郡区の農場の真上を通り過ぎる。母が妹を訪ねて、楽しい夏の日を過ごした場所だ。南へ進路を取ると、セントポールのダウンタウン、そして銀色に光る鉄道の線路が目に入る。この線路を走る長距離列車の郵便車両が、父の仕事場だった。たった今通り過ぎた大聖堂の近く、古い石造りの邸宅が並ぶ通りに私の住まいがある。

飛行機の窓から見える、ガールフレンドとデートした丘

 さらに進むと、20代の頃にジャズ・クラブによく通ったメンドータの町が見えてくる。上空で旋回し、さらに高度を下げてミネソタ川の上を通って空港に着陸する。飛行機の窓からは、ガールフレンドとデートした丘が見える。降下する飛行機を車の中から眺めたり、キスをしたり……。着陸までの1分間に、過ぎし日の思い出が次々とよみがえってきた。

 空港には新しい滑走路もできたが、そちらに降りるときは、まるで見覚えのない景色ばかりだ。高度が1500メートルを切っても位置関係がわからない。
 私は現在71歳。この地で生まれ、人生の大半を過ごしてきた。地元ではカーナビなど使うものかと思っているが、帰ってきて、自分がどこにいるのかわからなくなると少々情けない。それでも空港から車を東へ走らせ、ミシシッピ川が見えてくれば、すぐに方向感覚が戻ってくる。

 私のお気に入りの日課は、娘を学校へ送ることだ。道すがら、不良ぶった青春時代を過ごした界隈、22歳で童貞を失った家の跡地、そして2番目の妻メアリーと暮らした家の前を通る。離婚しようと決めた途端に彼女の妊娠がわかり、結局別れるのをやめた家だ。

「なんかおもしろい話ない?」と娘が聞く。そこで「パパは昔、ポニーテールだったんだ。ほんの短いやつだけどね」と言うと、娘はまじまじと私の顔を見た。いや、本当なのだ。1972年前後のわずか1、2年だけだが。どうやら嘘ではないとわかった娘は、腹を抱えて笑った。
 しばらく車を走らせると、カルフーン湖が見えてくる。ポニーテール時代、ある女性とここで裸で泳いだことがある。彼女も今は外科医。どこかで出会っても、あの日の話はしないだろう。それでもこの湖を目にすると、彼女の美しい背中やお尻を、ふと思い出してしまうのだ。

 私はこのツインシティーで計25回も引っ越した。いずれもダウンタウンから数キロの場所だ。この落ち着かない生活は50年近くも続いたが、今は大恐慌の頃に17歳の母がクッキーを売り歩いていた地区に住んでいる。数ブロック南には、かつて父が乗っていた長距離列車が走る。列車の中で郵便物を仕分けする父、クッキーの袋を手に家々を回る母、長いこと欲しかったカヌーをこぐ兄のフィルと私。12歳、43歳、そして71歳と、さまざまな時代の私がいる。歴史を積み重ねた中世の都市のように、この街ではあらゆる時が一つになっているのだ。

※ナショナル ジオグラフィック2014年2月号から一部抜粋したものです。

編集者から

 昨年、大ブームを巻き起こした「あまちゃん」ばりの郷土愛がたっぷり詰まったこの特集。米国人も日本人も変わらないな、と思わせてくれます。が、実は私、地元を愛するアキちゃんより、都会に出たいユイちゃんにシンパシーを感じる派。大学の小論文の模擬試験で「通勤ラッシュ」というお題が出たときは、何も書けず、こう思いました。「ああ、ラッシュにあってみたい!」……今私は、都心から海のそばに引越し、毎朝ぎゅうぎゅう詰めの電車に乗ってお仕事がんばってます。みなさんはどっち派?(編集H.O)

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