「3年間このモーリタニアにいて、自分の力不足をものすごく感じました。研究する能力であったり、必要最低限の経済力とか、いろいろ。その中で、特に現地の人たちが持っている知識や経験が宝箱と気づいたんですが、それを開けるための鍵を自分が持っていない。例えば言葉です。自分のフランス語では、話を引き出せない。言語という鍵を持っていない。文化や歴史、宗教も含めて、教養的な部分を、一から鍛えたい。それで、現地の人と心通じ合うことで信頼を勝ち得て、新しいサバクトビバッタの問題点を見いだしていく必要があると思っています。今度、京大でいろんな分野の人たちと、一緒にいろいろ仕事なり、話ができる環境に行けるのは、願ったりかなったりです」

 昆虫学の研究者が、アフリカのフィールドに飛びだして見つけた課題が「教養」だったというのは、肝に銘じるべき至言かもしれない。

 その一方で、長期的には、前野さんの「野望」は収集がつかないほど広く深い。

「1945年にイギリスにバッタ研究所っていうのができまして、20年近くにわたって行われた研究が、今でもバッタ学の基礎となってるんです。そのときに例えば幼虫の体色だったらこの人、形態だったらこの人、行動だったらこの人みたいな、レジェンド的な先駆者たちがいました。その研究の伝統がいったん途切れてしまっている部分があるので、それを自分は全部カバーして、あらためてサバクトビバッタ研究の基礎を立て直したいんです!」

 さりげなくも、欲張りな野望だ。さらに言う。

「今まで、研究者の成果っていうものは、論文の形になって初めて人前に出てきたわけですが、自分は、研究者の研究している姿、どういうふうな思いで研究してるのかですとか、そういうドラマチックなプロセスもみんなに知ってもらいたいんです。そして、より身近にサイエンスを感じてもらいたい。京大の白眉センターの5年間はまだ基礎固めで、レジェンドたちの研究を全てカバーしきれないと思うんですが、いつかそれもきちんとやっていきたいんです」

 野望は果てしない。5年後、10年後の前野さんは、何をしているのだろうかと、本当に楽しみだ。ぼくとしては、砂漠のフィールドで昆虫を見て、疑問を次々と解決していく昆虫探偵、ファーブルのような研究者になっていただけたら、と期待すること大なのである。

前野さんの研究に大きな期待がかかっている。(写真クリックで拡大)

つづく

前野ウルド浩太郎(まえの うるど こうたろう)

1980年、秋田県生まれ。京都大学白眉センター特定助教。博士(農学)。弘前大学農学生命科学部卒。神戸大学大学院自然科学研究科博士課程修了。2008年、日本学術振興会特別研究員を経て、2011年、日本学術振興会海外特別研究員としてモーリタニア国立サバクトビバッタ研究所に赴任。同年、日本応用動物昆虫学会奨励賞、井上科学振興財団奨励賞受賞。2012年、山下太郎学術研究奨励賞受賞。2013年、日本-国際農業研究協議グループ(CGIAR)フェローとして再赴任。著書に『孤独なバッタが群れるとき-サバクトビバッタの相変異と大発生』(東海大学出版会、2012年)。ウエブサイト「砂漠のリアルムシキング」ツイッターのアカウント@otokomaeno175

川端裕人(かわばた ひろと)

1964年、兵庫県明石市生まれ。千葉県千葉市育ち。文筆家。小説作品に、少年たちの川をめぐる物語『川の名前』(ハヤカワ文庫JA)、感染症制圧の10日間を描いた小説『エピデミック』(角川文庫)、数学史上最大の難問に挑む少年少女を描いたファンタジー『算数宇宙の冒険・アリスメトリック!』(実業之日本社文庫)など。ノンフィクションに、自身の体験を元にした『PTA再活用論 ──悩ましき現実を超えて』(中公新書クラレ)、アメリカの動物園をめぐる『動物園にできること』(文春文庫)などがある。サッカー小説『銀河のワールドカップ』『風のダンデライオン 銀河のワールドカップ ガールズ』(ともに集英社文庫)はNHKでアニメ化され、「銀河へキックオフ」として放送された。近著は、天気を「よむ」不思議な能力をもつ一族をめぐる、壮大な“気象科学エンタメ”小説『雲の王』(集英社)(『雲の王』特設サイトはこちら)、中学生になったリョウが世界を飛び回りつつ成長する姿を描いた切なくもきらめく青春物語『リョウ&ナオ』(光村図書出版)、本連載の「睡眠学」の回に書き下ろしと修正を加えてまとめたノンフィクション『8時間睡眠のウソ。 ――日本人の眠り、8つの新常識』(日経BP)など。
ブログ「リヴァイアさん、日々のわざ」。ツイッターアカウント@Rsider

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