第5回 バッタとバッタ博士といたサハラ砂漠の「幸せ」な時間について

「夜、こうやって身を寄せちゃうと逃げないんスよね。夜はこうやってシェルターに潜む、というのが基本的な行動ですね。きっと、近くの歯磨木にもいるかもしれませんね」

 と、暗闇の中、どこかにあったはずの灌木を探し求め、なかなか見つからず、小1時間後になんとか発見したのだが、そこには1匹たりともサバクトビバッタはいなかった。ふだんはこの木を好むというのに、本当に野生での行動というのは予期しがたい。

やっと見つけた歯磨木には1匹もいなかった。(写真クリックで拡大)
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 しかし、それでもパニカムの茂みに「麦穂」のごとく稔る様子をライトで照らし、地面に映る影絵みたいにして撮影したり、お互いに記念撮影をしたり、他のムシに夢中になっている間に時間は過ぎた。夜の砂漠はテンションが上がる!

 特に忘れがたいのは、サバクトビバッタの脱皮するシーンをつぶさに見たことだ。

 四齢幼虫が、終齢幼虫になる瞬間。体をもぞもぞ動かしつつ、今や透明な薄膜と化した体の、まず背中がぷちっと割れて、そこからするりぬるりと新たな体が滑り出してくるのは、切なくも美しく、格好良かった。さらにもう一度、脱皮すると成虫になり「悪魔」と呼ばれる存在となることを考えると、悪魔降臨! のようなぞわっとした感覚も覚えるのだが、夜のサハラ砂漠で一個体の脱皮を見る分には、ただひたすら幻想的だった。

 日付が変わる頃には、テントに戻った。

 小さな寝床では、夢も見なかった。

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つづく

前野ウルド浩太郎(まえの うるど こうたろう)

1980年、秋田県生まれ。京都大学白眉センター特定助教。博士(農学)。弘前大学農学生命科学部卒。神戸大学大学院自然科学研究科博士課程修了。2008年、日本学術振興会特別研究員を経て、2011年、日本学術振興会海外特別研究員としてモーリタニア国立サバクトビバッタ研究所に赴任。同年、日本応用動物昆虫学会奨励賞、井上科学振興財団奨励賞受賞。2012年、山下太郎学術研究奨励賞受賞。2013年、日本-国際農業研究協議グループ(CGIAR)フェローとして再赴任。著書に『孤独なバッタが群れるとき-サバクトビバッタの相変異と大発生』(東海大学出版会、2012年)。ウエブサイト「砂漠のリアルムシキング」ツイッターのアカウント@otokomaeno175

川端裕人(かわばた ひろと)

1964年、兵庫県明石市生まれ。千葉県千葉市育ち。文筆家。小説作品に、少年たちの川をめぐる物語『川の名前』(ハヤカワ文庫JA)、感染症制圧の10日間を描いた小説『エピデミック』(角川文庫)、数学史上最大の難問に挑む少年少女を描いたファンタジー『算数宇宙の冒険・アリスメトリック!』(実業之日本社文庫)など。ノンフィクションに、自身の体験を元にした『PTA再活用論 ──悩ましき現実を超えて』(中公新書クラレ)、アメリカの動物園をめぐる『動物園にできること』(文春文庫)などがある。サッカー小説『銀河のワールドカップ』『風のダンデライオン 銀河のワールドカップ ガールズ』(ともに集英社文庫)はNHKでアニメ化され、「銀河へキックオフ」として放送された。近著は、天気を「よむ」不思議な能力をもつ一族をめぐる、壮大な“気象科学エンタメ”小説『雲の王』(集英社)(『雲の王』特設サイトはこちら)、中学生になったリョウが世界を飛び回りつつ成長する姿を描いた切なくもきらめく青春物語『リョウ&ナオ』(光村図書出版)、本連載の「睡眠学」の回に書き下ろしと修正を加えてまとめたノンフィクション『8時間睡眠のウソ。 ――日本人の眠り、8つの新常識』(日経BP)など。
ブログ「リヴァイアさん、日々のわざ」。ツイッターアカウント@Rsider