第4回 バッタ博士、モーリタニアへ旅立つ

 実験室だと、厳密に条件を整えた、「きれいな」実験ができる。その場で思いついたらすぐ行わねばならない昆虫のフィールドワークとは一線を画すると思いきや、実は「研究のお約束ごと」というのはかなり普遍的でもある。何かを確かめたいなら、その現象を見るのと同時に対照となるものを見なければ比較しようがないとか、はっきりした結論を言うためには最低限どれくらいのサンプルサイズが必要とか、そのようなことは、考えてみれば共通なのである。

「今まで、生き物のフィールドワーカーの人たちの本なんかを読んで、すごい大変なんだなと思ってたんですけども、実際に自分がフィールドワークをして分かったのは、フィールドワーク最高! 自分、実験室も好きですけど、フィールドワークもすごく楽しいじゃないかって(笑)。過酷っていうのは、体力的なこととか、悲惨な生活とか、あるのかもしれないですけども、研究者として力試しができるし、やりたいことに100パーセント没頭できるフィールドワークは、最高の贅沢だと思いました」

 このように順風満帆なフィールドライフを開始したと思いきや、いきなり、大きな壁が立ちはだかった。

 前野さんが砂漠でバッタを見ることができたのは、最初の2カ月だけで、その後、モーリタニアは建国(1961年)以来という大干ばつになり、砂漠からバッタが姿を消してしまった。「300キロ離れたところで、5メートル歩くと3匹バッタがいたぞっていう情報を入手して行ったら、5キロ歩いて1匹いたくらいでした」というほど、バッタが消えてしまったのである。研究者としては大変つらいことになってしまった。

 結局、2011年5月に行ったフィールド調査以来、次に前野さんが大量の調査対象と出会うのは、2012年の秋を待たねばならなかった。ぼくは2012年の早い時期に、前野さんに連絡し、機会があればぜひ訪問させていただきたい旨、伝えてやりとりをしていたのだが、「今年はバッタが出そうにありません」と力ないメールが届きその年は断念した。

「実験室も好きですけど、フィールドワークもすごく楽しい」(写真クリックで拡大)

つづく

前野ウルド浩太郎(まえの うるど こうたろう)

1980年、秋田県生まれ。京都大学白眉センター特定助教。博士(農学)。弘前大学農学生命科学部卒。神戸大学大学院自然科学研究科博士課程修了。2008年、日本学術振興会特別研究員を経て、2011年、日本学術振興会海外特別研究員としてモーリタニア国立サバクトビバッタ研究所に赴任。同年、日本応用動物昆虫学会奨励賞、井上科学振興財団奨励賞受賞。2012年、山下太郎学術研究奨励賞受賞。2013年、日本-国際農業研究協議グループ(CGIAR)フェローとして再赴任。著書に『孤独なバッタが群れるとき-サバクトビバッタの相変異と大発生』(東海大学出版会、2012年)。ウエブサイト「砂漠のリアルムシキング」ツイッターのアカウント@otokomaeno175

川端裕人(かわばた ひろと)

1964年、兵庫県明石市生まれ。千葉県千葉市育ち。文筆家。小説作品に、少年たちの川をめぐる物語『川の名前』(ハヤカワ文庫JA)、感染症制圧の10日間を描いた小説『エピデミック』(角川文庫)、数学史上最大の難問に挑む少年少女を描いたファンタジー『算数宇宙の冒険・アリスメトリック!』(実業之日本社文庫)など。ノンフィクションに、自身の体験を元にした『PTA再活用論 ──悩ましき現実を超えて』(中公新書クラレ)、アメリカの動物園をめぐる『動物園にできること』(文春文庫)などがある。サッカー小説『銀河のワールドカップ』『風のダンデライオン 銀河のワールドカップ ガールズ』(ともに集英社文庫)はNHKでアニメ化され、「銀河へキックオフ」として放送された。近著は、天気を「よむ」不思議な能力をもつ一族をめぐる、壮大な“気象科学エンタメ”小説『雲の王』(集英社)(『雲の王』特設サイトはこちら)、中学生になったリョウが世界を飛び回りつつ成長する姿を描いた切なくもきらめく青春物語『リョウ&ナオ』(光村図書出版)、本連載の「睡眠学」の回に書き下ろしと修正を加えてまとめたノンフィクション『8時間睡眠のウソ。 ――日本人の眠り、8つの新常識』(日経BP)など。
ブログ「リヴァイアさん、日々のわざ」。ツイッターアカウント@Rsider