第74話 足指の無いアーセルの必死の踏ん張り

 犬たちが勢いよく斜面を登りはじめ、ザザザザザーと橇を押し上げる。

 ドカリ、ドカリと崩れ落ちてくる表層の雪を、素早く踏みしめると、それが足場となった。

 崩れてくる雪は掻き分けるのではなく、それを足がかりにすると、自然の階段ができてくる。

 犬たちも私も、落ちてくる雪を顔にかぶりながらも、喰らいついて、喰らいついて、登り詰めていった。

 ようやくリーダー犬たちが登り切る直前まで来たとき、その後方の犬たちの様子を見た瞬間、私はハッとあることを思い出した。

 力犬(ウィールドッグ)として橇の根元につないでいる犬は、あのアーセルだったのだ……。

 私の一番近くで、特に橇の重みがかかる場所を必死に堪えてくれているけれど、彼の片足には指がついていないのだ……。

 彼は仔犬の頃、緩んだワイヤーに足を絡めてしまって、片足の指を切断するというハプニングにみまわれたのだ。

 それ以来、片足の指のない状態で犬橇を走っていたのである。

 私は思った。

 ああ……、せめて、アーセルを橇の重さの負担がかからない先頭の方につなぐべきだった……。と。

 犬の足の指の間には、水かきのようなものがついていて、雪に対してスノーシューのような働きをして、雪を踏みしめることができる。

 けれどアーセルには、指どころか、この水かきもないのだ。

 私は、雪の中を必死に足を前に出していくアーセルの後ろ姿を見て、思わず声を出した。

「頑張れ、アーセル!」

「踏ん張れ!」

 ザクッ、ザクッと雪崩れる雪を踏みしめながら、私も腕に力を込めて、橇を押し上げた。

「もう少し!」

「もう少しだ!」

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つづく

廣川まさき

廣川まさき(ひろかわ まさき)

ノンフィクションライター。1972年富山県生まれ。岐阜女子大学卒。2003年、アラスカ・ユーコン川約1500キロを単独カヌーで下り、その旅を記録した著書『ウーマンアローン』で2004年第2回開高健ノンフィクション賞を受賞。近著は『私の名はナルヴァルック』(集英社)。Webナショジオでのこれまでの連載は「今日も牧場にすったもんだの風が吹く」公式サイトhttp://web.hirokawamasaki.com/