第3回 バッタ博士、サバクトビバッタと出会う

 弘前大学で、前野さんが取り組んだのはイナゴを飼育繁殖させた上での脱皮についての研究だ。この時点で、前野さんの昆虫学における方向性にバッタ要素が加わったと言える(バッタとイナゴは違うのだが、ざっくりとした意味で)。ただし、安藤先生の退官と、前野さんの大学院進学の時期が重なったため、前野さんは進学先を外に求めなければならなかった。

 前野さんが修士課程から博士号を取得、さらにはその後のポスドク(博士研究員)の最初の3年間、合計8年間も腰を落ち着けることになったのは、つくば市にある独立行政法人農業生物資源研究所。研究所の田中誠二博士は弘前大学出身であり、なおかつ、トノサマバッタの研究をしていた。そして、近縁のサバクトビバッタも比較の対象として飼育していたため、前野さんに本格的に研究してみないかと声を掛けたのだった。このオファーを受けた瞬間、おそらくは生涯続くであろう、前野さんとサバクトビバッタの繋がりが始まった。

 日本で飼育されるサバクトビバッタは超要注意昆虫として扱われる。厳重な防疫の条件をクリアした上で、輸入害虫を管理するための二重扉の中でのみ飼育が許される。おまけに暑い地域のバッタだから、飼育温度は世界的に31℃と決まっているそうで、前野さんの研究は、夏でも冬でも、朝でも夜でも31℃、まさに常夏の飼育室での「格闘」となった。

 そのかいあってか、前野さんの農業生物資源研究所時代は、学問的な意味で非常に生産的だった。師である田中博士とともに出した論文、それもファーストオーサーとしてのものが17報、セカンド、サードのものも合わせると22報を数える。すべてを網羅するわけにもいかないので、ご本人のセレクションで「お気に入り」という2報について述べてもらった。