先日、何気なく目を通した傍らの新聞記事に深く考え込んでしまった。それはインドネシアで熱帯ウナギ養殖を手がける日本の商社に関するもので、そこに「ウナギを消費者の手の届かない値段にし、消費量を減らしてしまったら供給者として失格だ」というコメントがあった。我々の日々を支える流通業界のプロとしては当然のことと思う。しかし、工業製品や家畜などのように計画生産のできない、いわば自然の恵みを享受している資源にまで同様の意識で臨むべきなのだろうか。少しでも安く供給して、沢山の人たちに食べてもらう。その結果が、ヨーロッパウナギやニホンウナギを絶滅の危機に追い込んだ一因であることに間違いはない。言い換えれば、我々は将来の子供や孫の分までウナギを堪能してしまったと言えよう。加えて、昨今の熱帯ウナギの商業開発は、「未知のウナギがいたはずなのだが、日本人が食い尽くしてしまった……」という事態を招きかねない。

写真3:最初に青山氏が手にしたのは燻製だった…。(写真クリックで拡大)

 ちょうどフィリピンでの新種発見に至る調査の顛末を『にょろり旅・ザ・ファイナル』(講談社)として上梓したところである。刷り上がったばかりの本書を手に、改めて自然の懐の深さとそこに暮らす人々の慎ましやかな生活をしみじみと振り返った。思えば、ニホンウナギの産卵場を調べるため太平洋で行っていた調査航海で採集されたレプトセファルスが始まりだった。形態だけで種類を判別できないレプトセファルスは、遺伝子を調べることによって分類している。そんな時、これまで知られているいずれのウナギとも異なる遺伝子を持つレプトセファルスを発見したのだった。様々な情報を総合すると、それらはフィリピン北部の太平洋岸に遡上すると考えられた。早速、フィリピンへ調査に飛んだ。しかし、わかっているのはレプトセファルスのみ。これが成長したとき、どんな形でどんな色のウナギになるのかもわからない。当然、よくわからないモノを探すという意味不明の事態に陥った(写真3:ようやく手に入れた新種らしきウナギ。でも燻製)。それでも我々は調査を繰り返し、ついにフィリピンの先住民族がそのウナギを採集しているという情報を掴んだ。

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