ヤバいウナギ―発見されたばかりの無垢な熱帯の新種にも伸びる「魔の手」

 よく考えれば、ネグリートにとって当たり前のウナギを、「新種だ新種だ! 誰も知らない新種のウナギだ!」と大騒ぎする我々は間違いなくアホである。しかし、ここでアホになることこそが、我々に科せられた責務であると固く信じている。なぜなら、まだ地球が広く大きかった時代。それが地球市民全員のものであることを意識せず、人はそれぞれの手の届く範囲でやりたい放題に自然をぶち壊し、文明なるものを発展させてきた。グローバル化が進んだ今、地球環境を踏み台にして暮らしやすい社会を作り上げてきた国々、いわゆる先進国にはこの負債を返済することが求められていると思うからだ。
 ネグリートの人々は、よその国の野豚を貪り食うようなことはしない。野豚がなければウナギを食べるだけのことだ。身近な自然の恵みをあるがままに受け入れる。そんな生き方をしてきたからこそ、熱帯の自然は彼らを優しく包み込んで来られたのだろう。そうしてみれば、単に食べたいからと日本の自然が育んできたニホンウナギを食い散らかし、儲かるからとヨーロッパのウナギまで絶滅の危機に追いやり、ついには熱帯の楽園にまで魔の手を伸ばそうとしている我々の社会は、どこかおかしいと言わざるを得ない。我々に、我々の子孫のみならずネグリートたちの分まで食い尽くす権利があろうはずはない。対価として十分な経済的利益をもたらしているといっても、歴史的に見ればそれだけでは不十分なのである。悲しいことに、これはウナギに限った事ではなく、天然資源に依存する多くの水産物でも同様の問題が起きている。
 自然の恵みを享受せざるを得ない資源には、持続的な利用を可能とする管理・保護政策が不可欠である。子々孫々、地球市民が普く利用できるによう護っていかねばならない。知らないモノを護れるわけはない。自然の仕組みを明らかにし、その利用について範を示すことこそが、今、我々日本人に求められる品格であろうと思う。

 世界のウナギ属魚類や資源減少を食い止めることのできない研究者と同様、後先も考えず安いウナギだけを追い求めているようでは、我々日本人だってヤバいと言わざるを得ない。

(文・写真=青山潤)

『にょろり旅・ザ・ファイナル 新種ウナギ発見へ、ロートル特殊部隊疾走す!』
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374ページ
発行:講談社
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