翌朝、曇天。

 研究所のゲストハウスから、サハラ砂漠へ。

 ランドクルーザー2台の編成で、1台は前野さんが雇っているドライバーのティジャニが運転して、後部座席に前野さんとぼくが乗った。もう1台は、テント、食料などをはじめとする物資を積んだ助手さんの車だ。

「Centre National de Lutte Antiacridienne」(写真クリックで拡大)

 到着時は深夜だったために素通りしてしまった研究所の建物を、まずはしっかり確認した。正式名称は、Centre National de Lutte Antiacridienne。原義に忠実に訳せば、「国立・対バッタ類防御センター」みたいな名だ。物々しいゲートを開けてもらい、いざ出発。

 研究所は町外れにあって、中心部とは逆側に向かう。当初は車通りがさかんで、ロバに荷物を引かせる「シャレット」の往来も多かったが、すぐに砂漠を貫く1本道になった。砂漠とはいえ、このあたりは、砂丘が連なる砂地ばかりのものとは違い、かなり草も生えている。たまたま多雨な年だというのも関係しているだろう。それでも森が出来るわけでも、草原になるわけでもない、まぎれもない砂漠だ。

 町を出て1時間と少し、おそらく百数十キロほど離れたところで、ランドクルーザーは舗装された道路を離れた。ここから先は、高い車高と大きなタイヤ、四輪駆動がものをいう。砂漠には、前に通った車が作った轍はあっても、決まった道があるわけではないので、たえずGPSで現在位置を確かめつつ進むことになる。先発隊のいる座標は分かっていて、方向も間違いなく分かる。ただ、地面の状態によって、いつもまっすぐに進めるわけではない。

(写真クリックで拡大)

「結局、最後は目視でキャンプ地を探すんですよ。3キロくらいに近づけば見えてきますね。砂漠に白いテントは目立ちますから」

 我々が探しているのは、モーリタニアの遊牧民が使うものに似た大きな白いテント群だ。

 それらを発見できずに移動するうちに、遠くに車がとまっているのが見えた。

 先発隊のうちの誰かの車であるようで、そちらに近寄っていくと、ドライバーのティジャニが「ici! Ici!(ここ、ここ!)」と指さした。

 前野さんが、ニヤリと笑いぼくを見た。

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