第1回 バッタ博士とモーリタニアの砂漠でバッタにまみれる

 背の低い地面を覆う植物の他に、所々、ツンツンしたイネ科植物のかたまりがある。そこには、たいていサバクトビバッタの幼虫がくっついて、なかほどまで登っていた。周囲の砂地には、黒いものがたくさん散っており、それはウンチであろう。また、近くにひとつだけ、「歯磨木」(あるいは、歯磨きの木。名の由来は後述)と呼ばれる灌木があり、そこにもかなりの数が潜んでいた。

「夜になると結構、こういうところに集まってくるんですけど、昼間からってのは、自分もはじめてッスね。本当にフィールドで、こいつらに会うたびに、新しい発見があるッス」と前野さん。

 前日は雨が降り、気温が上がらなかった。雨の中でもサバクトビバッタを見ていた先発隊に後で教えてもらったのだが、その間、幼虫たちは、こういった背の高い草や木に宿り、動かなかったそうだ。そして、この日も曇天で、せいぜい気温35℃前後。また、風も強かった。なにか特別な状況の日にたまたま来てしまったために、ぼくは前野さんとともに、特別な現象を見てしまったらしい。

 前野さんが、車に戻り、捕虫網を持って来た。

「捕まえます。だいたい、300匹くらいは、必要ッス」

 サハラ砂漠で、捕虫網を振る「バッタ博士」こと、前野ウルド浩太郎さん。

 サングラスをしていても、喜びが伝わってくるほどの躍動感で、バッタを白い網の中に追い込んでいった。

 本当に、楽しげである。

(動画撮影:川端裕人)

 前野さんが必要な数を取り終えた後、ぼくも網を借りて少しだけ捕まえさせてもらった。

 子ども時代に戻ったように、楽しいひとときだった。

 とはいえ、このバッタが、実は「悪魔」と呼ばれるほどの凶暴さを発揮する、まさに直前の状態であることを思い出し、ふと現実に立ち返ったのだった。

次回で詳しく紹介するが、サバクトビバッタは大発生して農作物に壊滅的な被害を与える害虫だ。前野さんはモーリタニアを拠点に野生のサバクトビバッタを調査研究する先進国ではただ1人の研究者である。(写真クリックで拡大)

つづく

前野ウルド浩太郎(まえの うるど こうたろう)

1980年、秋田県生まれ。京都大学白眉センター特定助教。博士(農学)。弘前大学農学生命科学部卒。神戸大学大学院自然科学研究科博士課程修了。2008年、日本学術振興会特別研究員を経て、2011年、日本学術振興会海外特別研究員としてモーリタニア国立サバクトビバッタ研究所に赴任。同年、日本応用動物昆虫学会奨励賞、井上科学振興財団奨励賞受賞。2012年、山下太郎学術研究奨励賞受賞。2013年、日本-国際農業研究協議グループ(CGIAR)フェローとして再赴任。著書に『孤独なバッタが群れるとき-サバクトビバッタの相変異と大発生』(東海大学出版会、2012年)。ウエブサイト「砂漠のリアルムシキング」ツイッターのアカウント@otokomaeno175

川端裕人(かわばた ひろと)

1964年、兵庫県明石市生まれ。千葉県千葉市育ち。文筆家。小説作品に、少年たちの川をめぐる物語『川の名前』(ハヤカワ文庫JA)、感染症制圧の10日間を描いた小説『エピデミック』(角川文庫)、数学史上最大の難問に挑む少年少女を描いたファンタジー『算数宇宙の冒険・アリスメトリック!』(実業之日本社文庫)など。ノンフィクションに、自身の体験を元にした『PTA再活用論 ──悩ましき現実を超えて』(中公新書クラレ)、アメリカの動物園をめぐる『動物園にできること』(文春文庫)などがある。サッカー小説『銀河のワールドカップ』『風のダンデライオン 銀河のワールドカップ ガールズ』(ともに集英社文庫)はNHKでアニメ化され、「銀河へキックオフ」として放送された。近著は、天気を「よむ」不思議な能力をもつ一族をめぐる、壮大な“気象科学エンタメ”小説『雲の王』(集英社)(『雲の王』特設サイトはこちら)、中学生になったリョウが世界を飛び回りつつ成長する姿を描いた切なくもきらめく青春物語『リョウ&ナオ』(光村図書出版)、本連載の「睡眠学」の回に書き下ろしと修正を加えてまとめたノンフィクション『8時間睡眠のウソ。 ――日本人の眠り、8つの新常識』(日経BP)など。
ブログ「リヴァイアさん、日々のわざ」。ツイッターアカウント@Rsider