第3回 植村直己に教えられたこと

 直己さんは、エベレストに登るときも、半年前からシェルパの村に泊まり込みました。ふつうそういうことはしないんです。

 当時の欧米隊などは、山でも生活はシェルパと別々。テントも食事もです。シェルパは使用人ですから、その上下関係は厳然としていました。でも、直己さんはそうではなかった。

――分け隔てをしなかったのですね。

 一番印象に残っているのは、5~6年前に氷河湖の調査で、ネパールへ行ったときのことです。

 小さな村の民家に泊まったのですが、私が日本人と知ると、一人の老人が両手を差しだしました。10本の指の第一関節から先がないんです。凍傷にかかって切断したんですね。

 彼が「1981年のエベレスト登頂のときに切った」と言ったのでピンときました。その年、植村隊がエベレスト登頂に挑んでいるのですが、隊員の一人が死亡して断念している。彼はそのときのシェルパの一人だったんです。

2012年4月、ネパール・サマ村。授業を受けている子どもたち(撮影=野口健)(クリックで拡大)