祖父は、そのことをずっと悔いていました。「自分は今、孫に囲まれて平穏に暮らしているが、幸せになればなるほど苦しい」とも言っていました。

 山で遭難した仲間を置いてこなければならない状況に遭遇するたびに、僕は祖父の言葉を思い出すんです。僕にも「生き残って申し訳ない」という気持ちがある。

 登山家が何で遺骨収集なのかと、よく言われるのですが、僕のなかではそんなふうにつながっているのです。

――高校時代に、野口さんを登山家へと導くことになった植村直己さんの話を、次にうかがいましょう。

(つづく)

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野口健(のぐち けん)

1973年、アメリカ・ボストン生まれ。1999年、七大陸最高峰世界最年少登頂記録を25歳で樹立。2000年から「富士山が変われば日本が変わる」をスローガンに富士山清掃をスタート。他にもシェルパの子女への教育援助、戦没者の遺骨収集など精力的に活動を展開中。主な著書に『落ちこぼれてエベレスト』(集英社)『それでも僕は「現場」に行く』(PHP研究所)、昨年、初の写真集『野口健が見た世界 INTO the WORLD』を刊行。


高橋盛男(たかはし もりお)

1957年、新潟県生まれ。フリーランスライター。自動車専門誌の編集を手がけたのちフリーライターに。JR東日本新幹線車内誌「トランヴェール」、プレジデント社「プレジデント」「プレジデントファミリー」などに執筆。

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