その反応が、僕にとってとても新鮮でした。それまでは本を書いたり、講演会で話すなどして、自分の活動や考えについて表現してきたけれど、ネット上でそういうやりとりをしているうちに写真で伝えるという方法があると気づいたんです。

――ヒマラヤとのつきあい方も、ずいぶん変わってくるでしょうね。

 正直言うと、50回以上もヒマラヤに行っていると、慣れちゃうんです。最初のころは感動が大きかったけれど、このごろはそれもずっと薄れてしまっていて、行くのが億劫になっていたんですよ。現地でいろいろなプロジェクトを進めているので、行かなければならないのですが。

 自分のなかにワクワクするものがあれば、億劫な気持ちを超えられるのですが、それがないと、肉体的な苦痛しか残らない。過酷で、行くだけでもつらい場所ですから。

――カメラを持つことでワクワクを取り戻した?

 そうなんです。写真を撮ることで、僕にとってのヒマラヤは、再び真新しいチャレンジの対象になりました。

――引き続き、写真についてうかがっていきます。

2007年5月。エベレスト頂上直下(撮影=平賀淳)(クリックで拡大)

(つづく)

野口健(のぐち けん)

1973年、アメリカ・ボストン生まれ。1999年、七大陸最高峰世界最年少登頂記録を25歳で樹立。2000年から「富士山が変われば日本が変わる」をスローガンに富士山清掃をスタート。他にもシェルパの子女への教育援助、戦没者の遺骨収集など精力的に活動を展開中。主な著書に『落ちこぼれてエベレスト』(集英社)『それでも僕は「現場」に行く』(PHP研究所)、昨年、初の写真集『野口健が見た世界 INTO the WORLD』を刊行。


高橋盛男(たかはし もりお)

1957年、新潟県生まれ。フリーランスライター。自動車専門誌の編集を手がけたのちフリーライターに。JR東日本新幹線車内誌「トランヴェール」、プレジデント社「プレジデント」「プレジデントファミリー」などに執筆。

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