第70話 悪夢のスローモーション

 ソルティーのこともあって、行くのをとりやめにしていた西の森に、走りに行くことにした。

 これまでは、平地の林のなかを小さくぐるりと回ってくるコースか、壮大な視界が広がるミンチュミナの氷原をただまっすぐに走って帰ってくるコースで練習をしていたが、私にとっても、若い犬たちにとっても、次なるステップアップの時期でもあったのだ。

 西の森のコースというのは、もともとは、昔の罠師が切り開いた道の1つで、獣道のように細く、くねくねといくつものカーブがある。

 そのカーブは、スピードに乗った犬橇ではかなり急なため、遠心力に耐える体重移動の技術が、いつも以上に必要となる。

 それに、途中で横断することになる川が、よく氷が割れてオーバーフローを起こし、水浸しになっていることが多い上に、林を抜けると、まるで崖のような登り坂がいくつもあるという。

 さっそく準備をはじめると、ドッグヤードの犬たちは、狂ったように喜び騒ぎはじめた。

 彼らは、選ばれなければ寂しく居残り組になってしまうことを知っているようで、吠える声がまるで、
「ボクを連れてってー」
「私を連れていってー」
「ボクは力持ちで、足腰も自信があるし、連れていって損はないよー」
「私だって、疲れ知らずの頑張り屋さんよー、連れていって損はないわー」
「ボクこそ、脚力は負けないよー」
「私も、負けないわよー」
 と、売り込みセールス吠えか、呼び込みセールス吠えに、私には聞こえるのだった。

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