中国北西部のアルタイ山脈に暮らす猟師たちは、昔ながらのスキーを駆使して獲物を追う。厳しい雪山でのシカ狩りに同行した。

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スキーの起源を訪ねて

中国北西部のアルタイ山脈に暮らす猟師たちは、昔ながらのスキーを駆使して獲物を追う。厳しい雪山でのシカ狩りに同行した。

文=マーク・ジェンキンス/写真=ヨナス・ベンディクセン

 中国北西部のアルタイ山脈。この地に暮らす人々は、遠い祖先から受け継いだスキーの作り方を守り伝えてきた。
 足には、トウヒの板の底に馬の毛皮を張った手作りのスキー板。手には長い木の棒を1本握っている。とてもスキーを操る道具には見えないが、男たちはタイヤクと呼ばれるこの棒を実に巧みに使いこなし、バランスを保つ。

 私は最新式のスキーとストックを使っていたのだが、彼らのペースについていくのは大変だった。猟師たちの肺や脚は、空気の薄い高所での運動に見事に順応しているようだ。どんなに急な斜面でも楽々と登っていく。

 男たちは皆、腰のベルトにナイフを差し、馬のたてがみで編んだ縄を肩にかけている。ヤギの皮を張ったそりには、馬の毛で織った毛布や、中国軍からの払い下げ品のオーバーコート、乾パンなどの補給物資が積まれていた。
 そのほかの荷物も、皆で分担して運んでいる。2本の斧とブリキの鍋、縁の欠けた陶製の茶わん5個、ブリキのやかん、それに馬肉の塊だ。この旅がいつまで続くか、誰にもわからない。ワピチという大型のシカを追って何日も山奥で過ごすことも珍しくないという。

 猟師たちの祖先について、確かなことはわかっていないが、彼らはアルタイ山脈の各地に暮らしていた半遊牧民の末裔だと言われている。

 アウコラム村の猟師たちは中国国民ではあるが、彼らの村から、ロシアとカザフスタン、モンゴルの国境が接する一帯までは30キロも離れていない。さらに、彼らの話すトゥバ語は、現在トゥバ族の大半が暮らす北方のシベリアで生まれた言語だ。

 人類学者によれば、トゥバ族の祖先にはテュルク系民族やサモエド民族も含まれるという。過去数千年の間に、たびたびこの山岳地帯を移動していた人々だ。だが、私を狩りに同行させてくれた男たちは、13世紀にアルタイ山脈を支配したモンゴルの戦士こそが、自分たちの祖先だと信じている。彼らが暮らす丸太小屋の壁に飾られているのは、毛沢東ではなく、モンゴル帝国の初代皇帝チンギス・ハーンの肖像画だ。

 猟師たちは、武勇伝をあれこれ話してくれた。跳ね回るワピチの背に飛び乗って角をつかみ、雪の上に組み伏せたこともあるという。この一帯では何千年もの間、そうした光景が繰り返されてきた。アルタイ山脈では、古代の人々がスキーをする姿を描いた岩絵がいくつか見つかっていて、なかにはスキーを履いて野生のヤギを狩る人間の絵もある。

 岩絵は制作年代を特定するのが難しいため、この一帯がスキー発祥の地と言えるかどうかは、今も議論が続いている。アルタイ山脈の岩絵は約5000年前に描かれたと、中国の考古学者たちは主張しているが、せいぜい3000年前のものだという意見もある。スキーに関する記述が残る最古の文献は中国で見つかった古文書で、前漢王朝時代の紀元前206年に書かれたものだ。

※ナショナル ジオグラフィック12月号から一部抜粋したものです。

<訂正>
12月号「スキーの起源を訪ねて」の本文および写真説明のなかで、「ヘラジカ」とありますが、正しくは、学名Cervus canadensis、一般的に「ワピチ」や「アメリカアカシカ」と呼ばれている大型のシカでした。お詫びして訂正いたします。

編集者から

 ドバイに続き、エジプトにも屋内スキー場ができるそうです。千葉にあった「ザウス」には結局行かずじまいでしたが、小学生の時、冬になるとスキー教室に行ったものです。そこで習ったのは「足はハの字、上半身は前かがみに」でした。
 ところがアルタイ山脈の人々は重心を後ろに置いて滑るとか。「一体どうやって滑るのだろう?」と思った方。是非、電子版をチェックしてみてください。実際に滑っている動画を紹介しています。(編集M.N)

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