その日、トーニャは、天候が回復して輸送機が飛んで来ることを無線で知り、突如、犬橇を出して郵便物を取りに行くことにした。

 私は、あと数時間ほどで日没だから、明日の朝にすれば? と言ったのだけれど、トーニャは、夜の走行に慣れているからと平気な顔で準備をはじめた。

 もともと日照時間の短いアラスカの冬に慣れているトーニャにとっては、自分の行動時間中に陽が沈んで暗くなってしまうことは当たり前で、あまり日没を気にしていないのだ。

 とは言うものの、やはり、このアラスカの森は、眠らない東京の夜とは違って、漆黒の暗闇になるし、気温もぐんと下がる。

 一歩間違えれば、命取りにもなる厳しい自然の中でもあるから、私は心配だった。

 そんな私をよそに、長年犬橇を移動手段にしてきたトーニャは、まるで、車のエンジンをブルンと掛けて走っていくのと同じように、迅速に動力(犬たち)を繋げると、ぴゅーっと走っていってしまった。

 まあ、考えてみれば、トーニャは、街なかに生きてきた私とは違うのである。

 橇犬たちのことを良く知り、この森を良く知っているのだから、そんなに心配をする必要もない。私は、心配し過ぎなのだ。

 と、思い直して、留守番を楽しむことにした。

 ムースの肉を焼肉風に焼いて食べて、ストーブに薪を入れて本を読み、ベッドに入ると、早々に眠くなった。

 うとうととしていると、外の犬たちがけたたましく鳴きはじめて、壁越しに、ザーッ、ギィシギィシという橇が滑ってくる音も聞こえてきた。

 しばらくすると、家の戸がドンと開いて、トーニャの足音に気がついて、ベッドから這い出して、労いの言葉をかけにいくと、彼女が、なんだか不穏な表情をしている。

「どうしたの?」

 私はすぐさま尋ねた。が、トーニャは答えずに、うつむいていた。

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