それにしても、ムースの脚1本を目の前にして、肉を剥ぎ落としながら、食べていくなど、なんと贅沢なことだろう……。

 やはり、ストーブ前強制解凍では、肉をくったりとさせてしまうだけで、この味は絶対に出ない。

 生食日本代表選手の私は、本来BBQ代表選手であるアメリカ人に、1本取られた感じだった。

 それからしばらくして、ようやく胃袋も、脳内満腹中枢も、発作的野獣変身症候群も落ち着いてきて、私たちは、脚の解体作業に取り掛かった。

 当分の量の肉が取れて、骨にしぶとくへばりついている肉も、とことん削ぎ落としていくと、大きな大腿骨1本が残った。

 その大きな骨を見て、私はトーニャに言った。

「この骨をもらったら、犬たちは大喜びだろうなあ」

 すると、トーニャは真剣な顔つきで言った。

「それが問題なのよ! だって、1本しかないじゃない」

 そっか……、それは、犬たちにとっては大問題だ……。

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つづく

廣川まさき

廣川まさき(ひろかわ まさき)

ノンフィクションライター。1972年富山県生まれ。岐阜女子大学卒。2003年、アラスカ・ユーコン川約1500キロを単独カヌーで下り、その旅を記録した著書『ウーマンアローン』で2004年第2回開高健ノンフィクション賞を受賞。近著は『私の名はナルヴァルック』(集英社)。Webナショジオでのこれまでの連載は「今日も牧場にすったもんだの風が吹く」公式サイトhttp://web.hirokawamasaki.com/

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