一切れの肉を口に入れてみると、まだシャーベット状で、噛むとシャリシャリと音がした。

 肉自体は、あっさりと淡白な味で、口のなかで生肉独特の鉄分の味がおとなしく広がり、食べた後の生臭さや獣臭さなども、まったくない。

 まだ凍った状態であることも、口の中を冷やして感度を鈍くするから、生臭さを感じさせないまま、あっさりと喉を通っていくのだろう。

 トーニャは大きな脚を前に、次々と肉を削いで口の中に入れながら言った。

「ムースの肉はね、この食べ方が一番美味しいのよ」

 確かに、そうだ……。私もそう思う。

 牛や豚の肉では、たとえ衛生的に処理をしたとしても、生で食べることに難がある。

 そもそもマグロなどの魚類は、低い水温の中で脂肪を蓄えているので、人間の口のなかの温度でも溶けて、とろりとした食感を生むけれど、陸上動物の脂肪は融点が高く、人間の体温程度では溶けない。

 だから、牛や豚は断然焼いたほうが美味しいのだ。

 けれど野生のムースは、運動量が多く、ほとんどが筋肉質でできているため脂肪分が少く、口の中で脂肪が溶け残る嫌味感もなく、純粋で芳醇な赤身で美味しい。

 オリーブオイルをたっぷりとつけると、足りない脂肪の旨みを補って、口の中をまろやかにしてくれる。

 これはまさに、「トロ」なのである。

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