第65話 早くかぶりつきたい……その美脚!

 随分と前のことになるけれど、私がはじめてアメリカを旅したときなど、「西部に来たら、大きな口でかぶりつけ!」と、よく言われたものだった。

 アメリカ、カナダなどでは、東から入ってきたヨーロッパ人たちが西へと開拓していく際に、西洋のテーブルマナーを捨てて、だんだんとフォークとナイフのナイフを使わなくなって、フォーク1本の習慣になった。

 それも徐々に荒っぽくなって、テーブルマナーではご法度の、手を使ってかぶりつくことにも構わなくなっていったのだ。

 今でも東部は、ピザやハンバーガーを、フォークとナイフで小さくして食べる人が多い反面、西部では、がっつりと手にとって、がぶり! とやる人が多い。

 それは、強靭な体力を持って、荒れ野を切り開いていった、西部開拓時代の名残でもある。

 その西部独特の、かぶりつき食文化とも言えるその食べ方は、ちまちまと箸で食べてきた私にとっては衝撃的だった。

 北米の一般家庭料理として食べる、顔や口の周りをベトベトにしてまでかぶりつくリブや、いつまでもしゃぶりつきたくなるようなTボーンステーキなどは、旅に出たときの私の楽しみの1つでもある。

 だからこそ、大きなかたまり肉に、私は並大抵ならぬ憧れを抱いてしまうのだろう。

「さあ、はやくこの肉を食べよう!」
「何して食べよう?」
「ステーキ?」
「バーベキュー?」
「ロースト?」

 気の焦る私は、トーニャを急かして、すぐさまキッチンに立った。

 しかし、獲物を背にしたトーニャが言った。

「この肉大きいから、解けるのに時間がかかるわね……」

 な、ななな、なんと! すぐには、食べられないの?

 私は、こんなにも、がっかりとして肩を落とし、ストンと腰を下ろしたことがかつてあっただろうかと思うほど落胆した。

 肉に飢えると……、人って変わってしまうものだな……。

 私は、しみじみ思いながら、横たわる脚を眺めた。

 早く食べたい……。美脚ちゃん。

つづく

廣川まさき

廣川まさき(ひろかわ まさき)

ノンフィクションライター。1972年富山県生まれ。岐阜女子大学卒。2003年、アラスカ・ユーコン川約1500キロを単独カヌーで下り、その旅を記録した著書『ウーマンアローン』で2004年第2回開高健ノンフィクション賞を受賞。近著は『私の名はナルヴァルック』(集英社)。Webナショジオでのこれまでの連載は「今日も牧場にすったもんだの風が吹く」公式サイトhttp://web.hirokawamasaki.com/