着陸成功。積んできた荷物をすべて降ろし、なんとはなしにパイロットと共に一同記念撮影をした。ちゃんと生きて到着したということの記念だ。しかし帰れなければその写真を誰も目にすることはないだろう。飛行機は荷物を降ろすと、10日後にまた迎えに来ることを再度確認し、我々から見るとそそくさという感じで、激しい雲の巻き上がる中に素早く消えて行ってしまった。

 それから我々の住居づくりが始まった。当初は冬山用のテントを張るつもりだったが、何しろ風の強い島で風向きはほぼ360度、しかも数分ごとに位置を変えて吹いてくる感じだった。雹と雨が交互に降り、時おり冗談のように晴れ間が出る。強風の中でテントを張ったが、冬山用の30センチもある長いペグが一瞬の風で折れてしまうようなありさまだった。

長いこと無人だった島を簡単に計量していく。(撮影:椎名誠)(写真クリックで拡大)

 滑走路のすぐ横に怪物じみて巨大な旧日本軍が作った木造格納庫があった。半分ほどはひしゃげて腐っているような建物で、台風並みの風の中で今にも全体がべしゃりとつぶれてしまいそうに見えた。前々から調べてわかっていたのは、とにかく風が強すぎて木が生えることができない。せいぜい鉛筆ぐらいの太さの木とも草ともいえないような植物が風であちこちになぎ倒されているぐらいだったから、その格納庫を利用することは最初から考えていなかった。けれど最初の一晩で冬山用のテントはほとんどがひしゃげて水浸しになってしまい、寝袋も水袋状態だった。そこで格納庫の中で最も頑丈そうな場所を選び(といっても構造上なんの保証もないのだが)風と雨あられが防げるところにみんな移動した。嬉しかったのは散乱する材木の破片で焚火ができることで濡れた衣服や寝袋が乾かせる。大きな建物に入ると風の音は外で聞くよりも10倍ぐらい大きく恐ろしげに増幅され、神経がそれに慣れるためには少々時間がかかった。

この連載の前回の
記事を見る

この連載の次の
記事を見る