着陸は戦時中に日本軍が作った滑走路を使うわけだが、なにしろ無人島である。終戦後にアメリカ軍がその滑走路を使い、島の地中で何発もの原爆実験をしている。そのために地形が変わってしまって今までなかった湖ができている。その原爆実験は10数年前であり、以降は滑走路は使っていないというからそこへの着陸は冗談ではないほど危険を伴うはずだった。なにしろ地上係員というものが誰もいないのだ。パイロットは滑走路にまっすぐ進んでいき、かなりの低空で何度か、訓練でいうタッチアンドゴーを繰り返した。滑走路に危険な断裂や自然にできた起伏がないかどうかを確かめているのだった。

 やがて着陸となる。降りるときは航空パニック映画によくあるように、アクシデントがあっても少しは軽微になるよう前の席の背もたれに頭を突っ込み全身を固定する姿勢をとらねばならなかった。不思議なものでぼくはさして恐怖は感じなかった。そこに至るまであまりにもすさまじい光景をずっと見てきたからかもしれないが、もうこうなったらどうでもいい、という気持ちが大きかったのだ。

日本軍が作った滑走路と格納庫。この格納庫の中で生活することになった。(撮影:椎名誠)(写真クリックで拡大)

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