第19回 アリューシャン列島の無人島探検記

 前回までパタゴニアの馬の話を書いていた。馬旅についてはパンタナールの牛追いに同行した話を最後にしようと考えていた。西部劇でカウボーイが数百頭の牛を何泊もしながら移動させていく、むかしながらの牛追いを体験した話だ。でも実際には映画で見るようなものではなく決してカッコいいものではない。とんでもなく疲れるし、1日のおわりは全身埃と泥だらけの毎日だ。日本人で体験したひとはあまりいないだろうから、当時の記録を集めようとしているうちに、締め切りがきてしまったので、今月はちょっと寄り道をしてアリーュシャン列島の無人島探検記を。

 300年前に日本の千石船が遭難、漂流し、漂着した島だ。その漂流者17人の顛末についてドキュメンタリの撮影に行った。その話は別の本にくわしく書いたことがあるが、その島における我々の日々の行動についてまではあまり書けなかったので、閑話休題のようにして、ここに突如挿入します。

 アリューシャン列島は日本人にはなじみ深い。太平洋戦争中この諸島は北方戦線の重要な拠点になったし、ある時期は日本の漁業船団が活躍する海域でもあった。

 1985年だからもうかなり昔のことになるが、ぼくはある大きなドキュメンタリー映像の撮影のためにこのアリューシャン列島のかなり西端部分にある無人島に行くことになった。地図を見ると北海道の北東端あたりから船で行けば、天候にもよるだろうが、せいぜい2日もあれば到達しそうなところに目的の島があった。アムチトカ島という。すぐ近くにキスカ島があって、ここは太平洋戦争の頃に「キスカ奇跡の脱出」などといわれ、米軍に包囲された日本の軍艦が天候変化を利用してひそかに離脱成功した島として有名だ。アムチトカ島も日本軍が一時期占領し、航空基地を中心にした戦略拠点のひとつにした。

 キスカもアムチトカも今は無人島なので、北海道から船で行ったとしてもそこはアメリカ領土であるし、税関もない状態だから不法入国ということになる。結局そこへ行くにはまず成田からアラスカのアンカレッジまで行かねばならなかった。そこから小型旅客機を乗り継いで、コールドベイという小さな町に行く。コールドベイである。文字だけでも寒くなるような場所。11月なのにもうそこはすべてが白く凍っていた。