第59回 触角が翅の3倍もある蛾、ヒゲナガガ

 再びコスタリカに舞い降りた。快晴。空港から車でモンテベルデの森へ、まぶしい太陽光に彩られた多様な緑を楽しみながらの運転だ。ところが自宅に到着し、ドアを開けると、部屋はすっかりカビ臭くなっていた。完全にカビているものまで・・・

 それはさておき、コスタリカの昆虫生活の話題に移る前に、今回は日本の昆虫を紹介したい。これまでぼくが、一度もその生きた姿を見たことがなく、憧れていた蛾、ヒゲナガガだ。名前は“ヒゲナガ”だが、長いのはヒゲではなくて触角。翅の3倍以上の長さがある。

 突然の出会いは7月、信州の峰の原高原でおとずれた。

 昼間、歩いて昆虫や虫こぶを探したり、植物や風景の写真を撮ったりした帰り道だった。林道沿いの少し開けたところで、猛スピードで飛びまわる昆虫たちが目に入った。追いかけ合いをしているようだ。夕方に群れている昆虫? 20匹ぐらいはいるだろうか?

 翅のかたちと飛び方を見て、トビゲラか?と思っていると、そのうちの何匹かが手前のトリカブトの葉の上に止まった。あっ!ヒゲナガガだ!

 「ヒゲ」をピーン!と立てて、みな同じ方向を向いている。緊張感が漂うたたずまいだ。

 しばらくじっとしていたかと思うと、いきなりほぼ一斉に飛び立ち、1分ほど猛スピードで“追いかけ合い”をする。そしてまた葉の上にタッタッタッと舞い降り、しばらく休む。それを何度も繰り返していた。

 驚いたことに、飛び交っているときは、この虫の特徴である細長~い触角が見えない。小型の蛾なのにそんなスピードで飛んでいるなんて! おそらくこれはオスの群れで、メスを誘い出し交尾するために舞っているのだろう。ぼくは30分ほど大きく目を見開いて、その舞いを眺め、楽しんでいた。(どれだけ速いかは、掲載した動画で伝わるはず)

 突然の出会いに胸が舞い踊ったのであった。

ものすごいスピードで飛び交うオオヒゲナガ。オレンジ色に見えるのが蛾。ヤグルマソウの間から高く飛び出したトリカブトの葉の上でしばしの「休憩」をする。(写真クリックで拡大)
オオヒゲナガ(鱗粉目:ヒゲナガガ科)のオス
A micromoth, Nemophora amatella
北方系の蛾で、中部山岳地帯と東北地方、そして北海道に分布する。前脚を使って触覚(センサー)を「研ぎ澄ます」。前翅長:20~26 mm 撮影地:長野県、峰の原高原(写真クリックで拡大)
カラフトヒゲナガ(鱗粉目:ヒゲナガガ科)のオス
A micromoth, Nemophora karafutonis
てっきりオオヒゲナガと同じ種だと思っていたのだが、よく調べてみると、より小型で翅の模様も少し違う。昼間、葉の上に止まっていたり、草むらの間をフワフワ飛んでいたりする姿が見られた。触角を前斜め上方向に突き出し、先の方を垂れ下がらせながらの飛行で、ほんの数十センチから数メートルの距離を移動する。右の写真は、飛び立った瞬間。長い触角は飛んでいるときも見える。ちなみに、メスの触角は、オスのものより短い。
前翅長:13~18 mm 撮影地:長野県、菅平高原(写真クリックで拡大)

オオヒゲナガの舞い 撮影地:長野県、峰の原高原(34秒)

緊張感ただよう休息 撮影地:長野県、峰の原高原(28秒)

ヒゲナガガの同定は九州大学農学研究院昆虫学分野の広渡俊哉先生にお願いした。先生いわくヒゲナガガの生態に関する発見は、ほとんどが新知見になるという。

西田賢司

西田賢司(にしだ けんじ)

1972年、大阪府生まれ。中学卒業後に米国へ渡り、大学で生物学を専攻する。1998年からコスタリカ大学で蝶や蛾の生態を主に研究。昆虫を見つける目のよさに定評があり、東南アジアやオーストラリア、中南米での調査も依頼される。現在は、コスタリカの大学や世界各国の研究機関から依頼を受けて、昆虫の調査やプロジェクトに携わっている。第5回「モンベル・チャレンジ・アワード」受賞。著書に『わっ! ヘンな虫 探検昆虫学者の珍虫ファイル』(徳間書店)など。
本人のホームページはhttp://www.kenjinishida.net/jp/indexjp.html