チンゲルトさんは内モンゴル自治区の出身。馬頭琴の名手として名を馳せていたが、内モンゴルを訪れた店長の田尻さんと意気投合。日本への留学をきっかけに、田尻さんと一緒に店を開いた

 「12月になると冬を越すのに必要な分だけ羊を『出し』ます。マイナス40℃にもなるところだから、外に氷の冷凍庫をつくって生の肉を保存し、毎日少しずつその肉を茹でて食べる。羊の肉はエネルギーがすごい。身体を温めてくれるし、食べ過ぎると顔に赤い吹き出物ができるほどです」

 チンゲルトさんは羊をほふることを表現するときに「出す」という言葉を使った。力を与えてくれる自然の恵みなのだから、「殺す」という言葉は適さないのだそうだ。

 話を聞くにつれ、「ただの塩茹で」だと思っていたことが恥ずかしくなる。生きるための糧として感謝の念があるからこそ、シンプルにいただくのが一番なのだろう。「いただきます」と手を合わせて、チャンサンマハを口に入れる。

 脂が乗った肉は口の中で崩れるほどやわらかく、ほのかな塩味がうま味を引き立てている。やがて羊特有のにおいが鼻腔に広がり、風味をより豊かなものにする。遊牧民の羊肉の調理法は「茹でる」か「蒸す」に限るそうだ。これも肉の味を大事にするからであり、彼らに言わせると焼いた羊の肉は美味しくないらしい。

 「モンゴルでは地方によって肉の風味が違います。羊のエサとなる草の種類が異なるからです。たとえば私が住んでいた内モンゴル自治区だけでも、西に行くとシャボクという低木が多く、ここで放牧された羊はシャボクの香りがする。また東部にはアイクという香りの強い灰色の草が生えていて、羊の肉にその香りや味が出る。だから、モンゴル人はどこの羊か食べればわかるんですよ」

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