「これはチャンサンマハと言います」

 モンゴルの言葉でチャンサンは「茹でる」、マハが「肉」の意。「チャンサンマハ」は羊の肉を塩茹でにした料理で、「これを食べると元気になる。私に限らずモンゴル人にとって羊は最も大切なもの」なのだという。

 しかし、皿の上に乗っているそれは、きれいに盛りつけられているでもなく、添え野菜があるわけでもない。まさに“茹でただけ”の状態なので下ごしらえの段階なのかと思った……驚いている様子に気づいたのか、チンゲルトさんが話し始めた。

 「モンゴル人は自然とともに暮らす遊牧の民です。食べるときも自然の味を大切にします。調味料をいろいろ加えたら、肉本来の味も香りも損なわれてしまうでしょう。だから味付けは塩だけ。モンゴルの伝統なんです」
 
 緯度で言えば北海道のやや北に位置するモンゴル高原は、平均高度1500mの寒冷と乾燥の厳しい土地だ。農耕には不向きなこの土地に住むモンゴル人は、13世紀初頭にチンギス・ハーンが築いたモンゴル帝国よりも昔からこの地で遊牧を生業としてきた。その頃から草原に住む人びとの生活スタイルは、今と大きくは変わらない。

 放牧するのは馬、牛、ラクダ、羊、山羊の5種類の家畜。馬は広大な草原を移動する乗り物となり、牛は荷物を運ぶ牽引力。寒さに強いラクダは冬に馬や牛の代わりを務めて、羊や山羊は食料となり衣類となる。そしてすべての家畜から搾乳して乳製品をつくる。家畜は遊牧民の衣食住の多くをまかなっているのだ。中でも羊はモンゴル人の主食であり、長くて厳しい冬を越すためのパワーの源となるのだという。

羊の肉をモンゴルの岩塩で2時間茹でるだけのチャンサンマハ。モンゴル人はそのまま食べることが多いが、店ではオリジナルのタレも付く(日本ではモンゴル産の羊肉が輸入できないため、オーストラリアの肉を使用)
切り分けたチャンサンマハ。羊の肉はスタミナ源となる亜鉛が豊富。また、体内の脂肪を燃焼させてエネルギーに変えるカルニチンという物質もたくさん含まれているため、ダイエットにもいいと言われている

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