困っていると夏休みで全寮制の小学校があいていて管理人の親切な先生が1人いた。交渉するまでもなく、生徒の使っているベッドルームを貸してくれた。ちょっとサイズの小さい足の出る2段ベッドだった。

 しかも手製のスープと蓄えのパンを出してくれた。パタゴニアは地上の、たとえ人の住んでいるところでも何も対策していかないととんでもない目にあう、ということを初めてキッパリ学んだときだった。

 親切な当直教師は、退屈な日々に突然迷いこんできた我々4人の日本人は恰好の暇つぶしの餌食で、食事の最中も、そのあとも質問攻めだった。

「日本人はチョンマゲをしているというがあんたらなぜしていない」
「まだ男はみんな刀を腰にさしているのか」などといった困った質問だ。

 そのセロカステーヨという集落は、そのとき人口100人だった。結果的に5、6年おきに3回、ここに行ったのだが、行くたびに人口はやっぱり100人だった。ヒトはそれぞれ少しずつ入れ代わっているのだろうが、あまり増えすぎても少なすぎても具合が悪いのだろう。

 そこからカルク牧場まではクルマで30分。事前になにも交渉していなかったのだが牧場主も笑顔で滞在を許してくれた。ただし泊まるところはガウチョ(ここらのカウボーイ)の宿舎で、これがもの凄く汚く臭い。しかし贅沢は言っていられない。すぐに慣れてしまうことだし、彼らの生活や仕事をすっかり見ることができるのは楽しかった。食事は毎日羊の肉のかたまりとパンにスープ。少々のワインだった。

 カルク牧場の敷地は広大で、所有地は東京都全域の面積より広かった。ここで主に羊を放牧しており、雇われているガウチョは常に10人ほどいた。ガウチョにはかならず数匹のよく馴らされた牧羊犬がついていて、すぐれたガウチョは口笛の調子ひとつで自由にそれらの犬を扱える、と聞いた。事実そうだった。

 一番最初にカルク牧場に行ったとき、遠来の国からの客人、ということで羊を1頭焼いてくれた。パタゴニアでは後に何度かその羊の丸焼き料理をふるまってもらったが、やはり一番最初のそのカルク牧場の羊の宴が一番印象深い。

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