第5章 1956- 第二期黄金時代からさらなる挑戦へ

第25回 1970~80年代の野生動物の記事“勝手にベスト5”

「シャーク・レディ」の異名をもつユージェニー・クラークは、防護用の鋼鉄製の檻を平気で飛び出して、サメの間を自由に泳ぎまわり、謎と魅力に満ちた生きものへとサメに対する認識を一変させました。水中写真家のデビッド・デュビレとともに手がけた1981年8月号の特集「崇高にして誤解されしサメ(SHARKS Magnificent and Misunderstood)」はいま読んでも出色の出来映えです。メガマウスもどーんと出ています。これが3つめ。

はえ縄にかかって身動きがとれなくなったサメを助けようとするユージェニー・クラーク(c)Emory Kristof(写真クリックで拡大)
1979年1月号の付録となった「ザトウクジラの歌声」のレコード。(c)Rebecca Hale, NGP(写真クリックで拡大)

 また、同じ頃、ザトウクジラの調査をしていたロジャー・ペインの研究成果は1979年1月号の付録として届けられました。

 以前、この連載で“類人猿ガールズ”として紹介したジェーン・グドール、ダイアン・フォッシー、ビルーテ・ガルディカスはこの時代も着々と成果をあげていました。お気に入りのゴリラを殺されて、密猟者と敵対したダイアン・フォッシーが1985年に殺害されたのは本当に残念です。ギルバート・M・グロブナーは1986年5月号で「彼女がいなかったら、マウンテンゴリラは今ごろ絶滅種のリストに入っていたはずだ」と述べ、フォッシーの冥福を祈りました。彼女の「危機にさらされるマウンテンゴリラ(The Imperiled Mountain Gorilla)」が4つめです。

ルワンダのマウンテンゴリラ、ディジット。名付け親はダイアン・フォッシー。彼女の研究成果により、ゴリラを凶暴な生きものとする俗説の大半は一掃されました。(c)Dian Fossey(写真クリックで拡大)