第5章 1956- 第二期黄金時代からさらなる挑戦へ

第25回 1970~80年代の野生動物の記事“勝手にベスト5”

「自然のなかをうろついているだけじゃないか」
「本誌を絵本に変えるのはあるまじき行為」
「地理学の雑誌なのに自然の風物に関心をそらせるなどトンデモナイ!」

 本格的な野生動物の写真を『ナショナル ジオグラフィック』がはじめて掲載した1906年7月号のときのこと。記事を見た協会理事のうち、何人かがこのような批判を浴びせました(写真はこちら)。当時は賛否両論巻き起こり、今では信じられないけれど、著名な地理学者の理事2名が辞任する騒動に発展しました。

 でも、自動シャッターとストロボを駆使して撮影した画期的な写真はすぐに大評判となります。その後、迫力ある野生動物の写真が『ナショナル ジオグラフィック』の代名詞のひとつになったのはご存じのとおり。

 ただし、野生動物の記事は1970年代から80年代にかけて大きな曲がり角を迎えました。絶滅の危機にある種類が増加し、単に動物を紹介する記事から、調査研究と絡めて保護を訴えるものが増え始めます。今回はその頃の代表的な野生動物の記事から、中の人の独断と偏見で勝手にベスト5を決めちゃいました。。保護とは直接関係ないものもありますが、周辺のエピソードも交えつつ、順を追ってぱらぱらと紹介してみましょう。

1971年11月号。(写真クリックで拡大)

 最初は1971年11月号。

 ラジコンじゃありませんよ!(笑) 正真正銘、南極に暮らす野生のジェンツーペンギンです。これは1957年から1958年にかけて行われた「国際地球観測年」のプロジェクトを引き継いだ研究で、極地で暮らすペンギンの生理と適応を調べているところ。ペンギン君が背負っているのは血流と血圧のデータを無線で飛ばす機器。もちろん、数日後に元気に群れに戻されました。

 実はこの号にはもっとすごい写真が掲載されていました。写真をクリックして、表紙の文字をよく読むとわかるのですが……、そう、野生動物研究の権威であり、タンザニアのライオンの研究でも有名なジョージ・シャラー博士が世界ではじめてフィルムに収めた「ヒマラヤの幻、ユキヒョウ」です。

もちろんユキヒョウではありません。欧米人ではじめて絶滅寸前の野生パンダの調査と撮影を許可されたのもジョージ・シャラーでした。1981年12月号だけど。(写真クリックで拡大)

 シャラーが中央アジアの山岳地帯をひたすら歩きまわり、苦労の末に撮ったその写真を発表するまでユキヒョウは伝説の動物と思われていました。この成功を受けて、ナショナル ジオグラフィック協会は生物学者ロドニー・ジャクソンへの資金援助を決定し、ネパールにおける10年以内の徹底調査にこぎつけます。ってことでこれがまず1つめ。ですが、残念ながら当時のシャラーの写真は掲載できないので、ユキヒョウの写真はぜひこちらでご覧ください。見ごたえあります。