スレッシャー号は1963年の試験潜航で129名の乗員とともに沈没。当時、海軍はパイプが破損して浸水し、原子炉が非常停止したせいで動力を失って沈没したと結論していましたが、裏づけはとれていませんでした。また、スコーピオン号は1968年にアゾレス諸島沖を潜航中、なぜか突如として姿を消しました。原因はわかりません。そして、どちらの潜水艦も原子炉の状態はずっと不明でした。

 ベトナム戦争中に海軍に所属していたバラードは海軍がこの2隻をずっと調査したがっていることを知っていました。また、冷戦中のために2隻の探索を極秘にしたかった海軍はタイタニック号の探索を隠れ蓑に使いました。両者の思惑はぴたりと一致、取り引き成立です。

 1984年からバラードは原子力潜水艦の探索に取り組み、その年に首尾よくスレッシャー号を発見します。1985年は割り当てられた2カ月のうちのほとんどをスコーピオン号の探索にあて、2隻の原子炉格納容器が壊れていないことが確認できました。

 で、結局、先にも書いたように、残された時間が2週間足らずになってしまいます。バラードにとってはえらく不利な取り引きに思えるかもしれませんが、実はそうでもありません。

 2隻の原子力潜水艦はともに深海に沈む途中で圧力によって押しつぶされていました。そうやって船が沈むと、潮流に流されて彗星の尾のように残骸の帯が長く伸びることをバラードは発見したのです。85メートルの潜水艦の破片はおよそ2キロにもわたっていました。

 これはとても重要な発見でした。

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