第17回 命がけの乗馬訓練 パタゴニア馬の旅(1)

 夏にはときおり「氷河雪崩」というものがおきるらしい。氷河は夏のあいだも存在している。しかし夏には長い時間をかけて表面が解け、それは細流になって流れていく。しかしときおり、氷河の先端あたりに氷の自然のダムができ、水はせき止められる。その量はどんどん多くなり、やがてもの凄い圧力をもって先端の氷のダムを破壊する。溜められていた水が一気に流れだし、それが鉄砲水のように襲ってくるのだという。我々のいた場所がまさにその真下だった。

「あと2分脱出がおくれたらみんな流されていた」サントスはそう教えてくれた。ガウチョのリーダーは地形を見て、それから氷の軋む音を聞いて、いち早くその危険を察知したのだ。

(撮影:椎名誠)(写真クリックで拡大)

 そのあとみんなで現場近くまで戻ったが川が出来ていて、我々の乗ってきたジープも流されてしまったらしく、どうしても見つけることができなかった。

「パタゴニアでは何がおきるかわからない」とパタゴニアに行くたびに現地の人に聞かされてきたが、本当にそうなんだな、と思った。

 この脱出騒動で、我々の小さな旅はとりやめになってしまったが、その副産物としてぼくはそのあと自由自在に馬に乗れるようになり、それは世界の馬に通用する技術になった。大げさにいえばその30分が命がけの乗馬訓練、というわけだった。  

(撮影:椎名誠)(写真クリックで拡大)

つづく

椎名誠(しいな まこと)

1944年、東京生まれ。作家。『本の雑誌』初代編集長、写真家、映画監督としても活躍。『犬の系譜』で吉川英治文学新人賞、『アド・バード』で日本SF大賞を受賞。近著の『わしらは怪しい雑魚釣り隊 エピソード3 マグロなんかが釣れちゃった篇』(マガジン・マガジン)、『そらをみてますないてます』(文藝春秋)、『足のカカトをかじるイヌ』(本の雑誌社)、『どーしてこんなにうまいんだあ!』(マキノ出版)、『ガス燈酒場によろしく』(文藝春秋)ほか、著書多数。公式インターネットミュージアム「椎名誠 旅する文学館」はhttp://www.shiina-tabi-bungakukan.com/