第17回 命がけの乗馬訓練 パタゴニア馬の旅(1)

 馬にはじめて乗ったのはパタゴニアだった。季節は逆になるので日本の冬はパタゴニアの夏。夏とはいっても湿気があって汗が流れるような、いわゆるアジアの夏とはまるでちがって、基本的に空気は冷たく乾燥している。太陽の光が強く、しばしば強い風が吹いている。

 上空はさらに強い風が吹いているのが常で、パタゴニア独特のレンズ雲が出る。

(撮影:椎名誠)(写真クリックで拡大)

 写真をみればわかるようにたくさんのレンズ型をした雲が浮かんでいるのだ。これが速いスピードで流れていれば、強い風が吹いているのだな、と実感できるのだが、不思議なことに静止に近いような状態で、高い空にとまっている。初めて見たときは不気味でもあった。沢山の巨大な目が空を覆って見えるときがあるのだ。強い風が雲の形を目玉か円盤のように周辺を削ってしまうかららしい。

 そんな雲が頭の上にいちめんに広がっているある日、ぼくはジープで谷にむかっていた。2泊3日の、馬での小さな旅にでるため、谷の底にあたるところで馬に乗り換えることになっていた。谷の底には水飴みたいな色をした強い流れがあった。氷河から解けて流れる渓流独特の色だ。

 馬でしか渡れない橋の手前が馬をつれてくるガウチョ(パタゴニアのカウボーイの呼び名)と待ち合わせる場所だった。

 7頭の馬と3人のガウチョが待っていた。ジープの我々は3人。そこで荷物を馬に積み替え、1人はジープを運転して町に帰ることになっていた。

 そのとき、馬を連れてきたガウチョのリーダーがスペイン語で何事か叫んだ。かなり緊迫した声だった。全員、体の動きをとめた。みんなで荷物を馬の鞍にくくりつける作業を始めたところだった。ガウチョは自分たちの馬に乗り、また何か叫んだ。我々も馬に乗れ、と言っているようだった。

 ガウチョのリーダーはそう言いながら、もう自分が先頭になって、いま我々がやってきた谷沿いの道を駆け登っていた。他のガウチョも荷物をほおり投げて馬にまたがり、あとに続こうとしている。ぼくと一緒に行動している通訳のサントスが「逃げる、馬で」とやはり緊迫した声で言った。

 そしてみんな馬に乗ってリーダーのあとに続いた。ぼくも自動的に馬に乗っていた。しかしぼくはそのときまで馬に乗ったことがなかったのだ。