そんな挨拶も適度ならいいけれど、走る前の落ち着きのない興奮状態の中ともなると、ラインがごちゃごちゃに絡み合って、団子状態になってきた。

 その犬団子を解いていると、トーニャは私に、とても厳しい顔で言った。

「橇を発進させるタイミングと、ブレーキのタイミングの悪さは、犬に急激なショックを与えて、胸や肩を壊す原因になるから、十分に集中すること」

 そしてトーニャは、ニコリとして言った。
「さ、出発するよ」

「了解!」

(写真クリックで拡大)

 私は犬たちに繋がれているラインが真っ直ぐなことを確認すると、橇に足をかけた。 

 ブレーキを外せば、もういつ走り出してもいい。

 ドッグヤードに残される犬たちは、「僕も連れてって~」「私も行きたいよ~」と、ぎゃおんぎゃおん鳴いている。

 その騒音の中を、トーニャは素早くフットブレーキと杭に留めている舫(もや)いロープを解除して、
「ハイク!(走れ)」
 と掛け声を上げた。

 一気に犬たちは走りだし、あっという間に林のなかに消えていった。

 それを見た私の犬たちが、さらに興奮状態になり、まだフットブレーキも舫いもかかっているのに、ぎゃおんぎゃおん鳴きながら、橇を引っぱろうと飛び跳ねている。

「待って、待って。トーニャのチームとしっかりと距離を置いてからね!」

 そして、一息呼吸をすると、舫いロープを外し、ブレーキを解除した。

 と、とたんに橇は走り出し、
「うっ、うおおおおおお~」
「まだ、ハイク!(走れ)って言ってないのに~。ひええええ~」

つづく

廣川まさき

廣川まさき(ひろかわ まさき)

ノンフィクションライター。1972年富山県生まれ。岐阜女子大学卒。2003年、アラスカ・ユーコン川約1500キロを単独カヌーで下り、その旅を記録した著書『ウーマンアローン』で2004年第2回開高健ノンフィクション賞を受賞。近著は『私の名はナルヴァルック』(集英社)。Webナショジオでのこれまでの連載は「今日も牧場にすったもんだの風が吹く」公式サイトhttp://web.hirokawamasaki.com/

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