第4回 不評だった深海水族館プラン

 それが日本の水族館で、大人も子どもも水槽の魚を見てワーキャーはしゃいでいる姿を目の当たりにするわけです。さらに、僕の家に泊まってもらい、じっくりとお互いのことを話し合っていくと、「日本に来てみて、自分の仕事に誇りが持てるようになった」という声が聞かれるようになるのです。

 それまでは、こちらから指示しないと動いてくれなかった人が、向こうからいろいろ提案してくれるようにもなります。

 2000年にブルーコーナーを始めたときは、自宅に据えた水槽2基が財産。海水を汲むためのポリタンクを買うお金もありませんでした。でも、1個体3000円の仕事をしていたころから広げてきた人のネットワークが、今では最大の財産だと思っています。

――話題を再び、沼津港深海水族館に戻しましょう。どういういきさつで、この水族館が誕生したのですか。

 この水族館のオーナーは、沼津港で100年以上、水産業を営む佐政水産です。このプロジェクトを考案していた佐藤専務に初めて会ったのは、水族館建設のわずか1年半前でした。

 もともとこのあたりは、古い水産加工所や飲食店が並んでいるエリアでした。地域おこしのため、ここに地元の人が自慢できる施設を作りたい。「水族館という案も出ているが、あなたにできるか」という話をいただきました。

 僕は「できる」と答え「では、企画してみてください」ということになりました。

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