――石垣さんが、海洋生物を水族館などに納入する会社、有限会社ブルーコーナーを、静岡県の伊豆の国市で興したのは2000年でしたね。子供の頃から今のような仕事をやってみたいと思っていたんですか?

 私は伊豆の下田で生まれ、高校を卒業するまでを下田で過ごしました。家から海へ徒歩3分。子どものころの遊び場がいつも海で、捕った魚やタコを料理屋に売ったりしていました。

 大学に進学する時も“職業観”というのが全くなくて、大学受験の直前に、突然両親から「うちの親戚で、ニューヨークで皿洗いをして、世界各国を巡り、スペイン語とフランス語まで堪能になった人がいる。彼は一流のホテルマンになったんだよ」という話を聞きました。

 それが衝撃的で「俺も受験なんかしないで、一人でニューヨークへ皿洗いに行こう!」って思ったんです。東京にさえ数回しか行ったことがないのに……(笑)。

 結局“国際”という言葉に憧れて、日本大学の国際関係学部を受験したんです。ずっと国立理系の勉強をしていたのに、急に私立文系に鞍替えしたので、先生からは「世の中を甘く見るな!」と叱られました。

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