日本で厠と言えば、お化け屋敷のような旧家の、カマキリが壁に止まってシャキーンとカマを構えて待っているような、裸電球の薄暗い便所を想像してしまうが、そんなお化け屋敷カマキリ便所に行くよりも、お尻を出した瞬間に全てが凍結してしまいそうな、この極寒地獄厠のほうが、よっぽど根性がいるのだ。

 私はその都度、「気合だー!」とばかりの掛け声で心を奮わせて防寒服を着込むと、外の厠へと歩いた。

 マイナス20℃以下の寒さは「冷たい」を通り越して、空気が痛い。

「おお神よ、この試練はきっと、私を一段と強くしてくださるために与えてくださったものですね……」

 敬虔なキリスト教信者であるトーニャは、厠の中にも聖書を置いていて、私はその聖書の上に手を乗せて祈った。

「神よ、神のご慈悲で、せめて夜のトイレ性だけでも治してください……お願いします」

 そして、藤子不二雄漫画で育った私は、神の次に、未来の猫型ロボットが現れ、

「ほかほか便座しーとー」

 と、4次元ポケットから出してくるのを狭い厠の片隅で願うのだった。

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つづく

廣川まさき

廣川まさき(ひろかわ まさき)

ノンフィクションライター。1972年富山県生まれ。岐阜女子大学卒。2003年、アラスカ・ユーコン川約1500キロを単独カヌーで下り、その旅を記録した著書『ウーマンアローン』で2004年第2回開高健ノンフィクション賞を受賞。近著は『私の名はナルヴァルック』(集英社)。Webナショジオでのこれまでの連載は「今日も牧場にすったもんだの風が吹く」公式サイトhttp://web.hirokawamasaki.com/

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